ジェリクルクロネコ

二次創作や日記などを徒然なるままに載せるブログ。初めての方はガイドラインを、各話目録はテキストインデックスを。

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正義の味方と悪い魔法使い  044  (Fate×ネギま!)



 私は唯のプログラム。
 鏡に映る自分の顔は、唯の能面。
 これは血の通わない人形。
 そこに魂は無い。
 浅黄色の長い髪、これもただの放熱機構。
 一束手にとって――



 朝も早い時間帯、これから超包子を手伝う為に身支度を整えた茶々丸。
 時計を見るともうすぐ士郎が起き出してきてもいい頃合、キッチンにてお湯を沸かし始める。
「?」
 不意に聞こえてきた階段を下る音。
 二階には自分の主人であるエヴァが寝ている筈であるが、こんな朝早い時間には起き出してくる事は滅多に無い。
 不審に思ってキッチンから離れ階段の所まで行くと、そこには欠伸を噛み殺している自分の主人がいた。
「……マスター?」
「ああ、茶々丸か。今から屋台か?」
「おはようございます、マスター。はい、これから行こうと。マスターは?」
「うむ、気まぐれにゲームに手を出したらこんな時間になっていた」
 夜通しですかと呟く茶々丸に、ゲームの仲魔を仕込むのが楽しくてな、と返すエヴァ。
「ふむ」
「どうかされましたか?」
 軽く頷いてまっすぐと視線を向けてくるエヴァに、茶々丸は小首を傾げる。
「髪を結い上げたのか」
「……はい」
 こくりと頷く茶々丸だったが、エヴァはそんな茶々丸を顎に手を当てながら舐めるように全身を見回す。
「マスター?」
「その場で回れ」
 疑問に思いながらも茶々丸はエヴァの言葉に従い、ゆっくりと一回転する。
 二度三度と頷いてエヴァは口を開いた。
「なかなか良いではないか。一緒に服でもコーディネートして可愛くしてやろうか?」
「…………」
「茶々丸?」
「……いえ、何でもありません」
 反応の鈍い、というより一瞬フリーズして再起動したかのようなチグハグさを見せた茶々丸。
 エヴァはそんな反応をした根拠を探ろうと思考する、切欠は何だったのかと。
 だが、火に掛けていたケトルから噴出す蒸気の音によってエヴァの思考は中断された。
「ふむ、取り合えず茶々丸。お茶を入れてくれ」
「はい、マスター」
 茶々丸はエヴァの言葉に従い、深々と一礼する。
 エヴァはリビングのソファーに腰掛けると、茶々丸は小走りにキッチンへと戻り、お茶の準備を始める。
 ゴールデンルールに則り、沸かしたばかりのお湯でお茶の葉を撹拌させ、蒸らし、待つこと数分、ゆっくりとカップに注ぐ。
 茶々丸が淹れた紅茶、エヴァがカップを持ち上げると香りを楽しんでから口へと運ぶ。
 エヴァの正面に従者然と佇む茶々丸。
 エヴァはカップを片手に頬杖をつき、ぼんやりと虚空を見つめた。
 時間で言えば数分、エヴァは飲み干したカップをソーサーに置き、カチャリと音が鳴った。
 お代わりを淹れましょうか、と茶々丸が言いかけた時、エヴァが先んじて口を開いた。
「士郎は――まぁそうだな、言ってみれば毒物だ」
「――――」
 脈絡のない、唐突なエヴァの台詞。
 エヴァの言葉に反応して雰囲気を変える茶々丸。
 それは反射的ともいえる行動。
 向けられた感情は敵意。
 そんな自分の従者にエヴァは愉快そうに笑みを張り付かせ口を開いた。
「そういきり立つな茶々丸」
 自分が何をしようとしたのか気付き、慌てて頭を下げる茶々丸。
「も、申し訳ありませんっ!」
「面白い、そうは思わないか? 茶々丸」
「…………?」
「ふと、考えていた。貴様が受ける影響というやつを」
 茶々丸の思考が追いついていない状況で、エヴァは空になったカップを弄くり、間を空ける。
「衛宮士郎という存在は、その本質を垣間見れば影響を受けざるを得ない、良きにしろ悪きにしろな。苛烈、その一言に尽きる……表面的に接していればただの人のいい男でしかないのにな」
「…………」
 くつくつと笑うエヴァに茶々丸は沈黙で返答する。
「夕映なんかが一番分かりやすい。ただのガキだったのが、士郎の影響を受けて正しく化けた。ただ毒が回りすぎたのか、些か危うい事もある。まぁ、それを含めて面倒を見るのがヤツの師匠である私の仕事だがな」
「……私が士郎さんに影響を受けていて、それが毒である、という事でしょうか?」
「違う、そうではない。貴様の感情の揺らぎ、とでも言えばいいか。今まではそんな素振りすら見せなかったのに、この有様だ。それもまた士郎の影響だろう、なぁ二歳児」
「で、ですが、私にはそのような事プログラムされていません」
「ふむ、ぷろぐらむ? カガクというやつか? 私にはそっち方面はとんと分からん」
 あっけらかんと言い放ってエヴァはカラカラと笑う。
 茶々丸が改めて尋ねようと口を開こうとしたが、だがな、とエヴァはどこか真剣な表情で言葉を続けた。
「貴様は他の姉たちに比べ面白い」
「面白い、ですか?」
「そうだ」
 面白い、自分の主人であるエヴァがさっきも言った言葉。
 茶々丸には依然と自分の主人の真意が掴み取れない。
「科学と魔法の融合で作られたせいか、姉たちとは何処か違うものを持っている」
「……それは?」
「まぁ、貴様が考えろ」
 クツクツと笑い、答えをはぐらかし突き放すエヴァ。
 一方明確な答えを得られなかった茶々丸は眉を顰める事も無く、エヴァに言われた通り考える。
 絡繰茶々丸という個と、姉たちとの違い。
 一番始めに思いつくのは魔法のみで作られている姉たちとは違って、自身の大半、いえ、動力を除いたほぼ全てが科学という技術理論を元に作られている。
 この意思は、自身に組み込まれたプログラムに従い、唯忠実に物事を処理しているに過ぎない、それは正しく自動人形。
 それが科学で作られた自分。
 なら、自分の主人であるエヴァは、“持っている”と言った、でも、寧ろ自分は持っていないではないのかと思えてくる。
 意思も、感情も、心も全てはプログラムというまやかしではないのかと。
「……私には、心が有るのでしょうか?」
「有ると言えば有る、無いと言えば無い」
 ポツリと思考が漏れ出た言葉、それでもそんな言葉に自分の主人であるエヴァは言葉を示してくれた。
「…………」
 でも、それはまるで禅問答。
 今の茶々丸には到底理解できる領域の話ではなかった。
「今貴様は、物か否かの境界線上に居るのかもしれんな」
「…………」
「大いに悩め、茶々丸。結局、最後は貴様が信じられるかどうか、その一言に尽きるのだからな」
 エヴァはカップを煽り、茶々丸が再度淹れた紅茶を飲み干すと、一眠り差せて貰うと一言残して去っていった。
「…………」
 礼を送る事もなく、そのままエヴァを見送った茶々丸。
 無言で佇み、今言われた事を反芻する。
 それでも幾ら考えようと答えは出ずに、思考は堂々巡りを繰り返す。
 そんな折、エヴァと入れ替わるように士郎がやってきた。
「茶々丸、おはよう」
「……あ、おはようございます、士郎さん」
 軽く手を上げる士郎に、茶々丸は一呼吸置いてからぺこりと頭を下げた。
「さっき、エヴァが地下の別荘の方に向かって行ったんだけど……」
「夜通しゲームをされていたみたいで……」
「徹夜でゲームって……」
 士郎はあまりにもあまりな理由に深くため息をついて肩を落とすと、頭を抱えたくなった。
 そして気を取り直して顔を上げ、改めて茶々丸の顔を見た時、ふと動きを止めた。
「……どうかしましたか?」
「いや……。今日はちょっと雰囲気が違うな」
 髪が、と続ける士郎に茶々丸は一瞬だけ震え、一時の間を空けて口を開く。
「……似合って、いますか?」
「ああ。なんだか新鮮だな」
「――――」
「茶々丸?」
 茶々丸は士郎を見上げ、小さく口を開けたまま、まるでフリーズしたかの様に体が止まる。
「茶々丸!」
「っ!」
「……大丈夫か?」
「いえ、大丈夫です、何でもありません」
 士郎は条件反射的に熱を測ろうと茶々丸の額へと伸ばす。
 だが、茶々丸は士郎の手から逃げるように、すっと一歩後退。
「茶々丸?」
「私は自動人形ですので熱を測る必要はありません」
「いや、それもそうだけど……」
 顔が赤いし、熱っぽく感じるんだがと続く言葉を、そんなことはありませんと即断する茶々丸。
 まだ何か聞きたそうにしている士郎が行動を起こすより早く、茶々丸が動く。
「お茶を淹れます」
「あ、ああ、お願いしていいか?」
 きびきびと動きお茶を淹れる茶々丸。
 だけど士郎に茶々丸の動きがまるで足が地に付いていないような、ふわふわとした印象を感じた。
 そんな訳ないのにと、心の中で首を傾げながらも士郎は茶々丸が淹れてくれたお茶を傾ける。
 さして会話も無いままお茶を飲み終えると二人は連れ立って家を出る。
 日課である猫に餌をあげ、朝の営業の為に超包子の屋台へと移動した。
 そして超包子が開店してからも茶々丸の様子は何処か不自然で、士郎は茶々丸の生みの親でもある葉加瀬へと相談した。
 相談を受けた葉加瀬はうーんと唸って茶々丸を注視する。
 放熱機構である髪を結い上げていた事を含め、士郎が言った通り、今日はどこか何時もと違った挙動を繰り返していた。
 ならばと葉加瀬聡美は決めた。
 点検整備しましょう、と。



「士郎さんが毒物、ですか?」
「はい」
 本を読んでいた手を止めきょとんとした表情を浮かべた夕映に、茶々丸はゆっくりと頷いた。
 麻帆良学園中等部の昼休み。今朝のエヴァとのやり取りを相談する為、茶々丸は図書館で一人本を読んでいた夕映の元を訪れていた。
 話を聞いた夕映は読んでいた本に栞を挟むと、足を組み替えて茶々丸へと向き直る。
「うーん、いい得て妙ですね」
「……綾瀬さんはマスターの言葉が正しいと思われますか?」
 夕映は不服そうにする茶々丸に少しだけ目を丸めて、苦笑いしながら口を開いた。
「確かに言葉は悪いですが、私は師匠の言う通りだと思うですよ。士郎さんの内は内だけに、私はそれ知っている茶々丸さんに対してでさえ口に出すのを躊躇うほどです。感受性が強ければ強いほど揺り動かされます、何も知らなかった小娘の私なら、尚更でした」
「…………」
「それは正しく毒と表しても可笑しくは無いですよ」
 夕映の言葉をどう受け止めたのか沈黙する茶々丸に、夕映は柔らかく笑って頬を掻く。
「まぁ、師匠の言葉を借りるなら、完全に頭まで毒が回っている私の言葉ですから話半分ぐらいの認識でいいと思うですよ」
「いえ、そんなことはありません」
「そうですか?」
「はい」
「それならいいですけど……」
 まぁ、茶々丸さんがそう言うならと夕映も頷き、そこでこの話題は終わる。
「士郎さんが毒物という結論が出た所で茶々丸さんに聞きたい事があるです」
「その言い回しでは本当に士郎さんが毒性を孕んでいるように聞こえるのですが……」
「…………」
「…………」
 沈黙が流れる中、夕映は二度三度咳払いして何事も無かったかのように口を開く。
「聞きたいというのはですね、茶々丸さんが師匠に刃向かった、という事なのですが、本当ですか?」
「……はい」
 朝の事を改めて思い出したのか、あからさまにどよんと影を背負って両肩を落とす茶々丸。
 そしてそんな様子の茶々丸を見て夕映は小さく笑った。
「……そんなに可笑しかったでしょうか?」
「あ、いえ、違うですよ。気に障ったのなら謝るです」
 苦笑いしながら目の前で手を振る夕映に、茶々丸は理解できずに小首を傾げた。
「マスターも同じような反応をしていましたが、何故あのような反応をされるのでしょうか? 非難されてもおかしくは無いと思うのですが……」
 悩む茶々丸に、夕映はゆっくりと首を振って茶々丸の言葉を否定してそっと口を開く。
「まぁ、師匠は軽く反抗されても許容するだけの器はあると思うですよ。でもこの話の本質は別」
「別?」
「茶々丸さんが変わった、いえ、変わろうとしている、からでしょうかね」
「……変わる、ですか?」
「ええ、私はそう思うですよ」
 自身なさそうに縮こまる茶々丸に、夕映はニコリと笑った。
「人形遣いと呼ばれる師匠、それこそ唯の人形には興味ないですよ。学園結界によって殆どの魔力を封じられ、魔力の必要としない従者を欲した、とはいえです。別に茶々丸さんは真の意味で師匠に反逆した訳ではないのですよね?」
「はい、マスターに反逆するなんて……」
 心から悔いている様子の茶々丸に夕映は軽く頷く。
「唯々諾々と従属する人形では無く、自己の意思を強く持ち時には反抗したりする幅、それはきっと強さにも繋がると思うです。私は茶々丸さんが変化する事を肯定するですよ、そしてそれは師匠もまた同じなはずです」
「…………」
「麻帆良学園に入学してクラスメイトとして茶々丸さんの印象は、はっきりと言って無いです。……まぁ当時の私は変に悟って周囲に関心を持っていませんでしたが、それを踏まえても、です」
「…………」
 思い出すように視線を上げて話す夕映に、茶々丸は静かに耳を傾ける。
「師匠と二人でクラスメイトの輪から外れている無表情な人。それはずっと変わる事無くて……。でも少し印象が変わったのは今年の春、士郎さんが来てからでしょうか?」
「そう、かもしれません……」
 自身なさそうに頷く茶々丸に夕映は頬を緩ませながらも言葉を続ける。
「師匠の所に士郎さんが厄介になった、それはきっと茶々丸さんの世界を広げる切片になったと思うです」
 夕映が思いつく言葉を聞いて、茶々丸が思い出すのは自分の主人であるエヴァが起こした吸血鬼事件の時の事。
 血を狙うとネギに宣戦布告したエヴァ。実力的に雲泥の差があるネギがウィークポイントである茶々丸を狙うのは戦略的に正しくて、事実襲われた。
 でも、士郎が助けてくれた。
 そしていつの間にか一緒に猫の餌やりが日課となっていた。
 茶々丸は自分の記憶領域に保存された映像を反芻していると、いつの間にか夕映にじっと見つめられていた。
「綾瀬さん?」
 茶々丸が夕映を覗き込むと、夕映はふっと柔らかく笑った。
「今の茶々丸さんはとても人間味があるですよ?」
「――――っ」
「正しく毒が回っている証左です」
 驚く茶々丸に、してやったりとニヤリと笑う夕映。
「まぁ、私は士郎さんの従者なので毒が回ることを全肯定しますが。いいと思うですよ、毒が回ったことで人間らしくなるのは」
 夕映は茶々丸から視線を外して、机の上の本をそっと撫でる。
「それに毒に侵された茶々丸さんは、きっと士郎さんの事が好きなのです」
 何でも無い事の様にさらりと夕映の口から漏れた言葉に茶々丸が固まった。
「――え?」
「好きですよね?」
「え、いえ、その……」
 しどろもどろに言葉を濁す茶々丸に向かって、夕映は微笑ましい視線を送る。
「その、綾瀬さんは士郎さんの事……」
「ん? 私ですか? 好きか嫌いかと聞かれれば好きと答えますよ」
「そう、ですか」
 遠回しな言葉の意味に気付かず、好きという単語だけで落ち込んだのか、肩を少しだけ落とす茶々丸。
 だから夕映は顔を上げて、茶々丸を正面から見て、更に言葉を重ねた。
「茶々丸さん」
「……何でしょうか?」
「今のこの、私が士郎さんに対する感情は、恋心、では無いです」
 自嘲的な笑みを浮かべてそう言い切った夕映に、茶々丸は少しだけ瞳を開かせた。
 夕映は茶々丸から視線を外し、宙へと視線を彷徨わせ、自分の思いを確かめるようにゆっくりと口を開いた。
「士郎さんの過去を知る前に向けていた感情は、きっと淡い恋心、だったのかもしれないです。ただ、士郎さんの記憶に触れてあやふやになったですよ」
「…………」
「今のこの感情が何なのか、私でも判断つかないです。思慕の想いが無い訳では、ないです。同情、憐憫、憧憬、恐怖、畏怖……様々な感情が混ざって、それは綺麗なものだけじゃなくて、黒いものもあって、決して一言で表すことができないです」
「綾瀬さん……」
「私は士郎さんに対する心の内は混沌としていているです。――それでも、そこから湧き上がる想いは一つ」
 正面から夕映の瞳を見ていた茶々丸は、夕映の揺らいでいた感情が一つに纏まるのを見た。
 それは揺らぐ事無く強い夕映の意志を反映する。
「私は、少しは闘えるようになりました。でも、士郎さんの背中は遠くて、手を伸ばしても、届かない。月並みな言葉ですが、力をつければつけるほど士郎さんがとても大きく見えてしまう……」
 どうにもならない、とても歯がゆいと、悔しそうに夕映は顔を歪め拳を握る。
「ですが、いつかは追いつきたい。いつか士郎さんが隣に人が立つ事を許容できるようになった時、私はそこに立ちたい。だから私は“従者”として何時までも士郎さんの近くにいるですよ。従者として士郎さんを、士郎さんの心を守る。周りから嫌われても、士郎さんから嫌われたとしても、それが私の誓い、全てを薙ぎ払う最悪とすべき悪」
「……夕映さん」
「あ……」
 茶々丸の自分を呼ぶ声にはっとして、夕映は自分が想いの外、熱が篭っていた事に気付き、握り締めていた拳を開く。少しだけ汗ばんできていたその手の平を見て軽く息を吐いた。
「……ちょっと熱くなってしまったですか。私は師匠のように悪い魔法使いとして、この想いをただ突き通すだけですよ、何者にも負けないように」
 少しだけ頬を赤らめて恥ずかしそうに、それでも胸を張ってそう締めくくった夕映。
 茶々丸はそんな夕映の顔を見て、そっと躊躇いつつ口を開いた。
「綾瀬さんは、その、士郎さんに告白しようとは……」
 夕映は茶々丸の言葉に小さく頭を振って否定する。
「さっきも言ったと思うですが、士郎さんは今、心の内に誰かを置く余裕なんてないです。士郎さんに告白したとしても士郎さんは絶対に答える事はないと分かっているですよ。ですから今出来ること、自分を高め続けるしかないです。士郎さんを守れる程に、師匠のように、傲慢とも取れるほどの自分の意思を通せるぐらいに」
 独白の様な夕映の言葉。
 夕映は顔を上げて茶々丸の顔を見ると羨ましそうに、悲しそうに笑う。
「今の茶々丸さんはきっと士郎さんの事が好きで、心配で、師匠の従者でもあって、それでも何をすればいいか分からなくて、気持ちを持て余してただ戸惑っているだけです」
「私は…………」
 自分の内に思いを馳せ様とする茶々丸に、夕映は一呼吸置き、心の奥底まで見通そうとするように視線を向ける。
「茶々丸さん、貴女は、貴女の心は何をしたいと望むですか?」
 夕映の強い想いを感じる、強い言葉。
 茶々丸は迷う。
 自分の内に想いらしき物は、ある。
 でもそれ以上に素直に頷けない理由もまた存在していた。
 だからこそ、茶々丸は夕映から視線を外してしまった。
「自動人形である私に心なんて――」
「――茶々丸さん」
 予想外の強い感情の篭った声。
 茶々丸は一瞬体を震わせたが、再び夕映と目を合わせようとしなかった。
 俯く茶々丸に、夕映はそれでも内に篭る激情を抑えることは出来なかった。
「茶々丸さん、それは逃げです」
「…………」
「いいのですか、このまま逃げてしまっても」
「…………っ」
「手放していいのですか、茶々丸さん!」
「――良いはずありません!」
 顔を上げた茶々丸の目には、涙が溜まっていた。
「……ですが、私は魔法で動く自動人形です。自動人形である私には、この気持ちが本物なのか自信が持てない」
 絡繰茶々丸という存在の、初めての激情の吐露。
 夕映は感情を顕にする茶々丸に表情を変えず、心の中で微笑む、これなら大丈夫、と。
 そして、その心の内を悟らせないように感情を消し、茶々丸の言葉を切り捨てる。
「それがどうかしたですか?」
「それがって――」
「その想いが、その気持ちが偽物と言われて貴女は納得するですか? 諦められるですか?」
「ですが――」
「茶々丸さん、ここが分水嶺、ここが分かれ目」
 夕映はそっと、瞳を閉じる。
「それは、その想いだけは否定してはいけないです、茶々丸さん。否定してしまえば、貴女は唯の人形になってしまうですよ。一度手放してしまえば二度とヒトへ成る事ができなくなるですよ」
 夕映はそこで言葉を切り、その瞳で茶々丸を射抜く、虚偽は許さないとばかりに。
「――もう一度聞きます。貴女は、諦められますか?」
「私は――」
 まるで血を吐くかの様に声を絞り出そうとする茶々丸。
「私は――」
 言葉にならない想いの欠片、それが纏まるまで夕映はそっと待つ。
「私は、この想いを、この心を、諦めたくはありません、手放したくもありません」
 想いの欠片はここに、この場に集う。
「――私は、私も士郎さんと共に在りたい、守りたい」
 夕映はそっと茶々丸の両手を取った。
 純化することに躊躇わない自分、このまま純化して行けば碌でもない末路に辿り着いてしまうかもしれないと、それと知ってすら好んで肯定してしまう自分。士郎の想いとは対極に居る自分
 そんな自分とは違い、士郎の想いに添って、きっと正しく守ってくれる茶々丸。
 夕映はそっと笑う。
「私は茶々丸さんの気持ちを、想いを肯定するですよ。誰かが茶々丸さんの事を否定しても、私だけは決して否定しないです。否定するモノは私の“敵”です」
「……綾瀬さん」
「夕映です」
「?」
「夕映と呼んでくださいです。私達は従者で、士郎さんを想う同士で、そして今から親友です」
「夕映、さん……」
 はにかむ茶々丸に夕映は満面の笑みを浮かべた。
「心が定まったなら、そこに至るべく精進するですよ。私も茶々丸さんもまだまだ未熟ですから、一緒にがんばるですよ」
「はい」
 茶々丸は夕映の言葉にゆっくりと頷き、離された手をそっと胸に添える。
 そこには心がある。
 幻想でしかないのかもしれない、それでもここに。
 今この時、魔法と機械仕掛けの心臓に確かに心が宿った。
 やるべき事をやろうと、茶々丸は誓う。
「夕映さん」
「はい?」
「本当にありがとうございました」
 まっすぐな茶々丸の言葉に、夕映は視線を少しだけ逸らして恥ずかしそうに自分の頬を掻く。
「……ちょっと偉そうでしたね、反省するです」
「いえそんなことはありません。私は気付きましたから、自分の心に」
「それなら、良かったです」
「はい」
 何処までもまっすぐな茶々丸の言葉。
「……一歩づつ出来ることからやるですよ、果てはとても遠いですから」
「はい」
「士郎さんの身の回りの世話なんて、私には出来ないです。それこそ一緒に住んでいる茶々丸さんの特権ですよ?」
「はいっ」
 少しだけおどける様な夕映の言葉に、それでも茶々丸はとても楽しそうに頷いた。
 そして二人は顔をあわせて笑いあった。
 ひとしきり笑いあったあと、唐突に夕映が口を開いた。
「士郎さん、ハーレムとか作らないですかねぇ」
「…………はい? あの、夕映、さん?」
 ぐてーと力を抜いてテーブルに伸びる夕映、そしてその口から漏れ出た言葉に茶々丸の理解が追いつかなかった。
 今の今まで茶々丸の意識改革とばかりにカッコいい事を言っていたと思ったらこの台詞。
 呆然とずる茶々丸を置いてけぼりにして夕映は気にせず喋り続ける。
「それに私は別にお妾さんでも、二号さんでもいいです」
「あの、そうではなくて……」
「いわゆる都合のいい女というやつですね」
「…………」
「茶々丸さんもどちらかというとお妾さんタイプですよね」
「ええ、まぁ、マスターに仕える従者ですから。……それで夕映さん、今の話とハーレムというのはどのような関係があるのでしょうか?」
「師匠が士郎さんを捕まえられれば私も茶々丸さんも付いて来て円満解決するかもしれないです、という話です」
 なるほどと頷きかけた茶々丸だったが、小首を傾げる。
「それでいいのでしょうか?」
「もし、士郎さんが師匠の事を受け入れる事が出来たなら、私や茶々丸さんの分ぐらい押せばなんとかなると思うですよ?」
 士郎さん、女子供の押しに弱いと思うですし、と夕映は言葉を続けるがため息を一つ吐いた。
「まぁ、師匠の場合ナギ・スプリングフィールドの事もありますから一筋縄ではいかないと思うです。それに長い時を生きている師匠だからこそ士郎さんに対して複雑な思いもあると思うですよ」
「……そうかもしれません」
 士郎の記憶を見たあの時、茶々丸はエヴァの独白とも言える言葉を聞いているだけに、目を伏せ唯静かに頷いた。
「ただ……」
 どこか遠くを見るかのよう言葉を濁す夕映に、茶々丸は心配そうに顔を覗きこむ。
「もし、もしです、誰か、魔法も何も知らない本当の一般人と結婚して、普通の人として幸せに生きるというなら……」
「夕映さん?」
「私は、私から従者の契約を破棄して士郎さんの前から去るだけです」
「…………」
「――きっと、私という存在は害悪にしかならないですから」
 まるで時を見計らったかのように、昼休みの終わりを告げる予鈴の鐘が鳴る。
「それらはきっと在り得るかも知れない未来の話。でも今の話はガールズトークという名の戯言です」
 茶々丸が何か言うよりも早く、夕映は自嘲的に笑って椅子から立ち上がった。
「茶々丸さん、早く行かないと遅刻してしまうですよ?」
 何処か拒絶を孕んだ夕映の言葉。
 茶々丸は言葉も何も無く、唯素直に頷く。
 夕映はそんな茶々丸に一瞬だけ微笑み、背を向けて教室へと向けて歩き出した。
 茶々丸が最後に見た夕映の横顔は何処か自嘲的で、寂しげなものだった。



 今日一日の授業を終えた放課後、3-Aの生徒達が思い思いに散っていく中、茶々丸を中心に人が集まっている一角があった。
「茶々丸さん、師匠の事は私に任せて行って来るですよ」
「夕映さん、マスターの事をよろしくお願いします」
「はい、任せるですよ」
 ペコリと深く頭を下げる茶々丸に夕映は一度頷くと、眠たそうに目を擦っているエヴァの手を引きながら教室を後にする。
 どうしてそんなに眠そうなのですか、徹夜でゲームをしていてな、などと会話を交わしながら去っていく師弟。
「まったく、ああしているとまるで夕映より年下に見えるな」
「ええ、そうですね」
 苦笑いしながらエヴァを見送る士郎に、茶々丸も柔らかく笑いながら同意する。
「それじゃ茶々丸、葉加瀬。超包子の方は気にしなくていいからな」
「うむ、お料理研究会の子たちにはもう声を掛けているから心配無用ネ」
「はい、メンテナンスが終わり次第屋台へと向かいますのでよろしくお願いします」
 ペコリと頭を下げる茶々丸に、士郎は気にするなと軽く手を上げて超と一緒に教室を後にした。
 茶々丸は士郎の背中を見ていたが、そこに葉加瀬から声がかかった。
「茶々丸行くよー」
「はい、ハカセ」
 茶々丸は葉加瀬の言葉に従い、二人揃って教室を出て研究室のある工学部へと歩き出す。
 だが、廊下を歩いていく二人に向けて視線が有った、明日菜やネギ、木乃香たちである。
 今朝、超包子での様子のおかしかった茶々丸と、茶々丸の事を点検整備する為にバラすと葉加瀬が発言した場に立ち会っていた面子。
 葉加瀬の事は超と並ぶ天才であることは知っているが、それと並ぶように科学に魂を売った悪魔だとか、マッドサイエンティストという噂もあった。
 そんな噂から思う浮かぶ点検整備の様子は筆舌に尽くしがたい惨状が思い浮かぶ。
 心配になってきた明日菜達は慌てて二人に駆け寄った。
「あれー、皆さんどうしましたかー」
「茶々丸さん、ハカセ、確か茶々丸さんのメンテナンスするんだよね。私達もついてっていい?」
 茶々丸はどうしましょうとばかりに隣に居た葉加瀬に視線を向けるが、一瞬だけ悩んだ葉加瀬だったが、あっけなく了承した。
 茶々丸、葉加瀬の二人に加え、明日菜たち四人の総勢六人で麻帆良大学工学部にある葉加瀬の研究室へと向かう。
 様々な機器が並び、雑然とした葉加瀬の研究室。
 その片隅で明日菜達が見守る中、茶々丸は丸椅子に腰掛けメンテナンス用の聴診器をもった葉加瀬と対面していた。
「はーい、じゃあ上を脱ぎ脱ぎしましょーかー」
「…………」
「ん? 茶々丸?」
「……はい」
 茶々丸は躊躇いながらも服に手を掛ける。
 人前で素肌を晒す事に覚える、少しの羞恥と恐怖。
 普段、服で隠れていた機械的な構造が明日菜達に晒される。
「わー。ほんまにロボットなんや茶々丸さん」
 よくよく考えれば茶々丸が自動人形であることは自明の理であったが、普段接している反応からかして半信半疑であった。
 それらの疑問を吹き飛ばす茶々丸の裸体。
 興味深く見られる様に、茶々丸は少しだけ俯く。
 一目見れば分かる機械の体。
 意識しなければ気にならない、いや当たり前の事実としてそれはあるのにその事実に嫌な感情が浮かぶ。
 今まではそのような事思った事すらなかったのに。
 自動人形という存在でも良いと言ってくれた夕映、それでもきっと認めてくれるだろう士郎。
「…………」
「んー、茶々丸何かあった? 何でもいいからさー」
「あ、あの、ハカセ」
「うん」
 朝の自分の主人であるエヴァに対しての行動、昼の夕映との会話。それらを踏まえて茶々丸は口を開いた。
「私が感じる感情とは何でしょうか?」
「え? 感情を、感じる?」
「私はこれを感情と判断しました」
 茶々丸の言葉に葉加瀬は一瞬何を言われたか分からなかった。
 呆けた葉加瀬の次の言葉を茶々丸は淡々と待つ。
 夕映からは心というものを教えてもらった気がした。
 自分の感情に素直に、在るがままに振舞う、それがヒトの心と。
 なら、自分の生みの親とも言えるハカセならどのような答えが得られるかと。
 そして葉加瀬は口を開いた。
「……あり得ない」
 その口から出たのは否定の言葉。
「……ハカ、セ?」
 呆然とする茶々丸とは一転して、葉加瀬は立ち上がり感情任せに熱弁を奮わせる。
「あり得ない、あり得ないです! エヴァさんの人形みたく魔法使いが魂を吹き込んだ訳じゃないんですよ!? ああっ! 『魂を吹き込む』だなんて何て非科学的な!」
 茶々丸を一から組み立てた葉加瀬だからこそ分かるものがある。
 動力に魔法の力を使ったけどそれ以外、駆動系、フレーム、量子コンピューター、人工知能、全て葉加瀬が作り出した科学の産物である。
 だからこそ言える、その茶々丸が感情を持つ、それはあり得ないと。
「えー、恋をすると女の子は変わる言うやん」
「なな、なにをおっしゃって――」
 木乃香の言葉に、茶々丸は表情を変えずわたわたと両腕を振り回している様は傍から見れば動揺しているのが丸分かり。
「ロボットが恋をしたなんてロマンチックでえーと思うけどなー」
 頬に手を当てて微笑む木乃香。
 その一言に葉加瀬がぴたりと止まった。
「恋?」
 一般的な女の子なら兎も角として、葉加瀬自身としてはその単語に特に意味がある訳でも興味が有るわけも無かったが、自身の子供とも言える茶々丸がおろおろと挙動不審な行動を取り始めたのを興味深く見つめる。
 葉加瀬の思考回路が高速で回転し始めた。
 確かに人工知能が「恋」をしたなんて事になればノーベル賞級の発明。
 よしんば恋をしていなかったとしても、その情動、茶々丸の中で走る感情と言う名の因子は何なのだろうかと。
 AIシステムの基礎はMITのものを参考にしているが、内容を精査し「絡繰茶々丸」というプログラムを組んだのは自分だ。
 そのプログラムには無い行動、感情だと茶々丸がいうが、自己学習能力を備えているとはいえ異常。
 コマンドプログラムを茶々丸自身が、内部で書き換えるという常識的には考えられない正しく離れ業。
 それは決して誤作動ではなく、寧ろ進化とも言える行動。
 葉加瀬は目の前に広がる未知に薄く笑った。
「ハカセ?」
 怪訝な表情で名を呼ぶ茶々丸に葉加瀬は表情そのままで告げた。
「そうだというなら実験と検証をしましょう」
 キラリと葉加瀬の眼鏡が光を放つ。



 工学部校舎内の休憩スペースの片隅、茶々丸はフリルがあしらわれた黒を基調とした服を着ておろおろとしていた。
 葉加瀬が決めた実験の内容は服を脱ぐ時に感じた羞恥心をピックアップ。
 羞恥心を対外的に観測する方法は、茶々丸が恥ずかしいと思う行動を起こした場合の主機関部のモーター回転数と、頭部の温度変化。その二つの実験データを基に茶々丸が感じる感情について検証するというものだ。
 工学部内でも有名な茶々丸が可愛い服を着ている、その噂を聞きつけてか何時の間にか工学部の休憩スペースには人垣が出来ていた。
 特に理工系は男性が多いことから茶々丸の姿を見て可愛い可愛いと口にするが、対象である茶々丸は稼働し始めて二年半、その上感情というものに触れて日が経っていない、ただ浮かび上がる感情という波にただ翻弄されるだけなのは自明の理だった。
 一方観測者である葉加瀬は緩やかにモーターの回転数と頭部の温度が上昇していくその様に、満足しつつも次の段階へと進べく茶々丸の衣装を変更する。
 二着目の服はいつも機械構造部分を隠すような衣服とは違い、露出の高い機械構造部分が見えてしまっている衣服だった。
 茶々丸は小刻みに震え、羞恥という感情よりも寧ろ恐慌状態に入りかけている。
「あっ……ああ……」
 感情の振れ幅を知ると言うには適っているかもしれないが、それにも増して茶々丸ストレスと言う名の負荷が重く圧し掛かる。
「素晴らしい上昇値です。これは有効な実験数値です!」
 葉加瀬はより情報を集めるべく茶々丸の記憶ドライブへとアクセスし検索を始める。そして一つのフォルダに格納されていたデータ群を見て驚きの表情を浮かべた。
 それらはすべて編集された映像データ、その大半に士郎が映されていた。
「これはまさか本当に――」
 木乃香による茶々丸の『恋』発言、葉加瀬は当初半信半疑だったがここにきてその言葉に真実味が帯びてきた。
「何なにー?」
「ダ、ダメ――」
 葉加瀬の表情に何か感じるものがあったのか、木乃香を筆頭にPCの画面を覗き込もうとしたが、寸での所で茶々丸に突き飛ばされる。
「あたた? い、今何が?」
「ああんっ。今何が映ってたん?」
「いえ、見えなくていいですから」
 冷静な物言いとは違いわたわたと手を振り回して木乃香たちの視界を遮る茶々丸。
 「えーなんでな」「ダメなものはダメです」と問答を繰り返す木乃香と茶々丸。
 そんな背後で巻き起こる騒動には我関せずと葉加瀬は茶々丸の記憶領域のデータを流し見て行く。
 大半は士郎、次いで猫、ちらほらと主人であるエヴァ、そして理由は分からないが一つだけぽつんとあった夕映。
「ん?」
 不意に葉加瀬の手が止まった。
「これはなんだろー?」
 葉加瀬が目にしたのは一つのデータ。
 フォルダの内容からは恐らく士郎に関係した映像データだと思われるが、サムネイルが表示されていなかった。
 一瞬葉加瀬は壊れたデータかと思ったが、本当に壊れたデータならとっくに廃棄されているはず、寧ろその不確かな存在自体が何か決定的証拠となる映像だと判断して、そのデータにアクセスする。
 悪乗りといえばそこまでであるが、この時の葉加瀬は好奇心が勝っていた。
「あれー?」
 最初にアクセスした時に出てきたのは警告の表示。
 二度三度とアクセスしても出るのはやはり警告の表示。
 再三の警告を無視しつつ、ならばと別のアプローチへと挑もうとした時それは起こる。
 そして気付けなかった、すぐ側にいた茶々丸の変化に。
「え?」
 開いていたフォルダが不意に閉じたと思ったら、HDDの回転音と共にデータが端から消されていく。
「うそっ! ウィルスじゃないっ……ハッキング!? どこから――」
 眼前で起きている事に葉加瀬は一瞬現実逃避したくなったが、それでも神速のキータッチで介入を試みる。
 雰囲気を一転させた葉加瀬にネギ達には唯佇む茶々丸の両側から顔を出して心配そうに葉加瀬を見るが、手伝えるような事は無く傍観するしかなかった。
「なんで! どうして止まらないの!?」
 葉加瀬の悲痛な叫びもむなしく状況は一向に一転しない。
 超の技術を踏まえた防壁、それすらあっけ無く破る術に人間業とは思えなかった。
 そこで葉加瀬ははっと気がついて勢い良く背後へと振り返る。
「まさか、茶々丸!?」
「はい、その通りです、ハカセ」
「――――!?」
 驚愕の気配と共に視線が茶々丸へと集まった。
 皆の視線の先に在る茶々丸は先ほどまでの振り回されていた様子はすでに無く、何処となく無機質な表情で葉加瀬へと振り向いていた。
「――っ!」
 葉加瀬は無意識に唾を飲み込んでいた。
 それは茶々丸であって茶々丸でない物、今まで一度も目にした事が無い茶々丸が目の前にいた。
 一言で言うなら、薄ら寒い。
 自分で手を掛け生み出した子、何よりも優しさ溢れ慕われていた子。
 茶々丸が稼動して二年と少し、人生経験なんて有って無い様な物。
 それこそ感情という事を今日言い始めたのに、それをネタに実験を行い、その過程での過負荷まで頭が回っていなかった。
 そして決定打である、自身の行動。
 茶々丸を一変させる何かに触れてしまった事に葉加瀬は今更ながらに気付いてしまった。
 光学兵器でもあるその瞳が自分を見ている。
 通常であれば開発者である自分に対して攻性のある行動は取れないようにプログラムされている、でもきっとそれは改竄されている。
 自己進化とも言える行動は開発者として、科学者として肯定したいけど、今は茶々丸を止めなければならない。
 ……あとでちゃんと茶々丸に謝らないといけない、ね。
 葉加瀬は意を決し、腰を浮かせながら慎重に口を開いた。
「……茶々丸、冷静になりなさい」
「私はこの上なく落ち着いていますよ、ハカセ」
 淡々と話す茶々丸に、怪訝な表情を向ける明日菜たち。
「茶々丸、さん?」
 呆然と茶々丸の名を呟いたネギだったが、返ってきた反応は無言の冷たい視線。
 ネギ達が今更ながらに茶々丸の雰囲気の変化、豹変とも取れるその様に気圧されるようにじりじりと距離を取り始める。
「ちょ、ちょっと、茶々丸さん大丈夫なの!?」
「……わかりません」
「わからないって!?」
「恐らくですが、今の茶々丸は一種の暴走状態です。勢いそのままに暴れる暴走よりも性質が悪く、今の茶々丸にはきっと、抑制の二文字は無いかもしれません……」
「暴走って!」
 明日菜の悲鳴染みた言葉に茶々丸は視線を上げ、無表情のまま口を開く。
「いえ、私は正常ですよ、ハカセ」
「何処か正常なの!」
「ええ、正常です。敵を排除するのを躊躇う方が異常だと思いますが?」
 茶々丸の口から明確に敵と言う言葉が出た事に葉加瀬の顔が歪む。
「……茶々丸、あなたの敵対するという事の定義は?」
「マスターが敵と認めた者、私の守るべきものに触れる者、そして私の前に立ちはだかる者」
 踵を鳴らし、一歩葉加瀬へと歩み寄る茶々丸。
 葉加瀬の中の警鐘が引っ切り無しに鳴り響く。
「それではさようなら、ハカセ」
「――――!」
 葉加瀬は頭を抱え、テーブルの下に潜り込む、それは咄嗟の行動だった。
 一瞬の後に、轟音、そして爆風が葉加瀬を煽る。
 今まで葉加瀬がいた空間を、茶々丸のレーザーが貫いていた。
 後から来る爆風に飛ばされそうになりながらも葉加瀬はさっと状況を見回す。
 葉加瀬は言葉による説得を放棄、力ずくでと思考を切り替えた。
「ネギ先生、茶々丸を取り押さえてください! 今すぐ!」
「え、取り押さえるって……」
「茶々丸の右胸を押してください! 点検中だったので停止信号を受け付けるはずです!」
 目の前で起こった事に頭がついていかなかったネギと明日菜だったが、葉加瀬の言葉に反応して茶々丸の前に躍り出た。
「貴方たちは私の敵ですか?」
「敵って! 何言ってるの茶々丸さん、私達クラスメイトでしょ!」
「茶々丸さん、落ち着いてください」
「明日菜さん、ネギ先生無駄です! 今の茶々丸には私達の声は届きません!」
 二人の言葉に茶々丸は何の反応も見せず、何処か冷めた目で視線を返す。
 その茶々丸の表情は今まで見た事もないほど冷たいもの。それを見てネギ達は腹を括った。町の人気者で、優しい良い人と対極の今の茶々丸に暴走状態であると
「茶々丸さん! 今すぐ止めますから暴れないでください!」
 当たってぶつかる、とばかりに明日菜とネギが茶々丸へと吶喊。
 大振りで振りかぶってくる明日菜、次いでコンパクトに向かってくるネギ。
 だが、なんら手加減する必要の無い茶々丸、無傷で止めようとする二人、その両者の意識が違いすぎた。
 一切の熱を持たない茶々丸は彼我の戦力差、脅威度数、距離を測りすぐさま動き出す。
 後背部のジェットによる短距離ダッシュにより明日菜の間合いを崩した茶々丸は、その勢いまま強引に明日菜を押し倒し、続いてくるネギへとぶつける。
 ネギは明日菜を見捨てて茶々丸へと向かおうとするはずも無く、自分に向かって倒れ来る明日菜を慌てて抱えた。
 それは二人にとって致命的な隙で、茶々丸にとっては絶好の好機。
 茶々丸は体勢が崩れた二人へと間接部の噴出機構による加速を上乗せした拳を放つ。
 咳き込みながらその場に蹲る二人に警戒しながらもさっと周囲を確認。
 この場での最上の強者である刹那は木乃香を守るべく距離を置いてこちらを見ているだけ、襲ってくる気配は無いが、木乃香の一言で幾らでも覆る可能性がある。
 茶々丸は眼下の起き上がろうとしてくるネギと明日菜の様子にこの場の状況が自分に不利だと判断し即座に転進、逃走した。
「――――っ!」
 葉加瀬は走り去る茶々丸の背を見ながらも、瞬時に工学部の警報を鳴らす。
 そして工学部棟内に緊急事態発生のアラートが発令された。
『試作実験機が暴走! 棟内を逃走中! 工学部職員は全力で捕獲に当たれ』
 この報に気付いた工学部の職員がすぐさま機体を持ち出し、アラートに従い出撃する。
『尚、実験機は強力な光学兵器を搭載している。各員十分に注意されたし!』
 次いで報が流れた時には、捕獲部隊はすでに件の実験機の逃走経路上に展開していたが、現れた実験機、もとい茶々丸に目を剥いた。
 案の定、止める間も無く茶々丸のレーザーにより鎧袖一触。
 茶々丸を阻むものはすでに無かった。



 夕方の超包子。放課後という事もあって小腹を空かせた麻帆良の生徒達がちらほらとやってきている中、お料理研究会のメンバーを加えた屋台は順調に回っていた。
 営業中の超包子の店内、その二号屋台で不意に超の携帯が鳴った。
「ふむ?」
 携帯のディスプレイに表示された名前は葉加瀬聡美。
 茶々丸のメンテナンスが終わって屋台に向かう連絡かなと思いつつ、超はすぐに電話に出る。
 通話ボタンを押してもしもしーと気楽な口調で電話に出た超だったが会話が始まるとすぐに眉が顰められて行った。
「……茶々丸が? ふむ、ふむ、点検中、右胸で停止信号、わかったネ。いますぐ向かわせるヨ」
 ピッとボタンを押して通話を終了する超。
 通話中の超の表情からは余り良い話の内容ではないと判断した士郎は、心配そうに超へと視線を向ける。
「……何かあったのか?」
「茶々丸が暴走して逃走したネ」
 その超の一言で士郎の纏う空気が変わった。
「詳しく話してくれ」
 今まで見た事もない表情をした士郎、超は時間を無駄にする事無く葉加瀬から聞いた事を纏めて話す。
「茶々丸の感情について実験検証している時に暴走したみたいネ。強引な実験での過負荷に加え、一番の引き金は茶々丸の記憶領域に一つのデータを無理矢理開こうとした事。暴走した茶々丸は止めに入ったネギ先生と明日菜サンを振り切り、止めに入った工学部の捕縛部隊を蹴散らして校舎の外へ向かったみたいネ。対処としては点検中だった事が幸いして、右胸を押す事で停止信号が働いて停止するヨ」
「超」
「ん」
 士郎は超の名を呼び、超は短く頷いていた。
「いってらっしゃい」
 士郎へと向けられた超の言葉を聞く間もなく、士郎は駆け出していた。
 唐突な士郎の行動に呆気に取られるお料理研究会の人たちの中で、超は大人びた笑みを浮かべ駆けて行く士郎の背をただ見つめていた。



 茶々丸は駆けていた。
 邪魔する物は全て敵、排除する事には一切の躊躇いは無かった。
 もし、この現状を知った姉であるチャチャゼロは楽しそうにケケケと笑っただろう。
 茶々丸は暴走を否定したが、確かに暴走していた。
 切欠は昼休みに図書館でした夕映との会話。
 感情と言うものを始めて認識した幼子と変わらない状態、いや寧ろなまじ自己の意思があった事でその感情に振り回され人で言うなら情緒不安定と言っても良い状態だったのか知れない。
 自身の立場を明確化させた、そう、させただけで実際に行動を起こした訳ではなかった。
 その間隙を縫うように起こった今回の葉加瀬の行動。
 醸成させる時間が圧倒的に足りなかったとはいえ、間が悪すぎた。
 感情を煽って慌てさせるならまだ良かった。
 葉加瀬が触れたデータ、それは士郎の過去が詰まっていたデータファイル。
 決して他人に見せてはいけない記憶、そして士郎に関ろうとするなら決して忘れてはいけない記憶。
 だからこそ茶々丸は暴走した。
 無感動に無感情に立ちはだかる者を“敵”と認識する。
 例外は自分の主人であるエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル、衛宮士郎だけ、そして無事に止められるのもその二人だけ。
 今の茶々丸の0か1かの二元論に単純化した判断は正しく暴走であり、奇しくも茶々丸が夕映に向かって否定した『ロボット』そのものであった。
「…………」
 思考も言葉も無く、駆けて行く茶々丸の背後から声が聞こえた、それは詠唱。
「風の精霊11人 縛鎖となりて 敵を捕まえろ 魔法の射手 戒めの風矢!!」
 上空からの捕縛属性の風の矢が飛来して、視線でそれを捕らえるより早く茶々丸を拘束した。
「茶々丸さん! そこまでです!」
 ネギは茶々丸の視線の先に立ち入らないように弧を書くように回り込み、茶々丸の右胸へと手を伸ばす。
「――無駄ですよ」
 だが、触れようとした瞬間、茶々丸を拘束していた全ての風の矢が崩壊した。
「……え、何で」
 驚愕で固まったネギを拘束から抜け出した茶々丸は裏拳でネギの頬を打ち吹き飛ばす。
「――――っ!?」
 地面を滑りそれでも起き上がってきたネギを茶々丸は静かに見る。
 杖で空を翔る事の出来るネギ、工学部内なら容易に逃走する事もできたが外ではそれも叶わない、茶々丸はネギの脅威度数を上げ、排除する事に決めた。
 そしてネギも同時に覚悟を決める。葉加瀬からもし無傷で止められないと判断したのなら多少破損しても構わないと言われたから。
「…………」
「――――っ」
 距離を開けて対峙する二人。
「風精召喚――」
 先手はネギによる詠唱の開始。
 無論、黙って見ている茶々丸ではない。
 杖を構えるネギに向かって、瞳からのレーザーを放つ。
「――くっ!」
 レーザーによる点の攻撃を右に避けるネギ、無論茶々丸の視線はネギを追いレーザーを放射しながらそのまま薙ぐ。
 だがネギは追撃となる横薙ぎのレーザーを巧みなステップで掻い潜り後方へと下がる。
「――剣を執る戦友――」
「…………」
 距離を置けばレーザーによる攻撃は出来るものの、その分ネギに腰を据えて詠唱をさせてしまう。ならばと茶々丸は遠距離から近距離へと指針を変更する。
 ネギに接近する為に腰を落とす茶々丸、そしてジェット噴射と共に地を蹴ろうとした時それは聞こえた。
「茶々丸!」
 茶々丸の名を呼ぶ声、その声は今の茶々丸が反応する数少ない声。
 茶々丸は条件反射的に振り返っていた。
 視線の先にはコックコートを着た士郎が必死になって駆けて来ている。
「……士郎、さん」
 士郎の言葉を聞き、士郎の姿を見た茶々丸は全ての行動、思考を放棄して士郎へとゆっくり手を伸ばす。
 そう、放棄してしまった。
 今現在の状況、ネギと対峙している状況を忘れ。
 そして、ここにネギの詠唱が完了する。
「――迎い撃て!!」
 それは風の中位精霊を使役し、詠唱者の写し身をもった複製で対象を攻撃する呪文。
 詠唱完了と共にネギの周囲に出現した、ネギの姿をした風の中位精霊。
 ネギの意思に従い、精霊たちは無防備な背を晒す茶々丸へと殺到した。
「茶々丸っ!」
 士郎の驚愕の表情。
 それでも茶々丸はただ柔らかく笑顔を浮かべていた。
 士郎にはその茶々丸の姿が、まるでそれは死を受け入れているかのように見えてしまった。
 それは、その姿は――――。
「――――くっ!」
 ――士郎は地を蹴る。
 彼我の距離は100m以上。
 それは通常では決して届かない距離。
 己の内からオドを、外周からマナを、その二つを以って自身を強化。
 そして足に魔力を溜め、爆発と共に前へ。
 士郎の足は地面を踏み抜き、士郎の姿が掻き消えた。
 次の瞬間、士郎は茶々丸の頭上を飛び越えていた。
 両手には干将莫耶、眼前には十を超える風の精霊。
「――――」
 幻想を重ねた概念武装、干将莫耶が魂魄の重みで全ての風の精霊を薙ぎ払う。
 結果、風が士郎を中心に爆発した。
 驚愕の表情を浮かべ、何が起こったかと戸惑うネギ、今尚夢現ともいえる茶々丸。
 その二人が次の行動を起こすより早く、士郎は茶々丸を背後から抱くように抱え、右胸を押して停止信号を発する。
 絡繰茶々丸というシステムが落ち、四肢にかかる力がニュートラルとなりそのまま崩れ落ちる茶々丸を抱える士郎、そして一瞬後に茶々丸はセーフモードで再起動を果たしていた。
「……わ、たし、は?」
「茶々丸」
「士郎、さん?」
 茶々丸は言葉を発するが、視界が定まったまま動かない。
 自分の意思と体が乖離した様な現状、それが意味する事に気がついた
「セーフ、モード? 私は、何を……」
「大丈夫だ。今は、そのままで、な?」
「はい……」
 ネギとの戦闘を含め、来ていた衣服が破れ機械的な素肌が覗く、士郎は着ていたコックコートそっと掛けて立ち上がり、心配そうにこちらへと駆け寄って来たネギへと視線を向ける。
「士郎さん、どうしてここに!?」
「葉加瀬から超に連絡があって、な」
「……助かりました、僕では茶々丸さんを無傷で止められそうに無かったので」
 肩を落として俯くネギに、士郎はぽんと肩を叩き安心させる。
「……士郎さん」
「気にしなくていいさ。それよりネギ君、茶々丸は俺が連れて帰るから先に葉加瀬への報告をお願いできるか?」
「あの、一人で大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫だ。それで頼めるか?」
「は、はい、分かりました」
 ネギは士郎の言葉に頷くと杖に跨り空へと浮かび上がった。
「それでは先に葉加瀬さんの所で待っていますので!」
「ああ」
 士郎が頷いたのを見て、ネギは空を駆けていく。
 そんなネギの背を少しだけ眺め、士郎は抱きかかえる茶々丸へと視線を向けた。
「茶々丸、大丈夫か?」
「……はい。軽く自己診断をしましたが、内部に多少エラーが溜まっているくらいで、一先ず大丈夫です」
「そうか」
 士郎はそれだけ言うと緊急停止している茶々丸を背負い、立ち上がる。
 向かうは葉加瀬達が待つ工学部の棟。
 歩き始めてから士郎は何も聞かず、茶々丸も口を開かなかった。
「…………」
「…………」
 沈黙のまま進む道の中、茶々丸は暴走時の記憶を反芻する。
 多大な被害を出した自分の行いが自責の念として圧し掛かってくる。
 特に暴走したときの初撃。
 それは下手すれば葉加瀬の命を狩っていたかもしれない一撃。
 思い起こすだけでも眩暈がする。
 それでも、自分の中にある士郎の記憶を守り通したのは、冷静になった今でも後悔は無かった。
 二つの想い、答えの出ない二律背反。
 自分を認めてくれた夕映ならなんていうだろう。
 その非難を甘受して、それでも笑って跳ね除けそう、自分のした選択に誇りを持つ“悪”だからと。
 それは決して自分には出来ない選択。
 士郎なら、目の前にいるこの人はなんて言うだろう。
 そう思った時、茶々丸は自然と口を開いていた。
「士郎さんは……」
「ん?」
「……後悔をした事がありますか?」
 一瞬の後、茶々丸は自分が何を口走ったか気付き、すぐさま訂正の言葉を口にしようとしたがそれは士郎によって止められた。
 士郎は苦笑いを浮かべ、すっと前を見る。
「何が正しくて、何が間違っていたか……俺には明確な答えは出せそうに無い。ただ一つの思いに突き動かされて俺は走ってきた。そこにあった想いを真実として、さ」
 想い、自分の想いはなんだったか。
「…………」
 暴走の果てに守ろうとした自分の想い、自分だけの想い。
 それは決して変わっていなかった。
 まだ何が出来るかわからない、それでも自分は歩き出せたと思う。
 それをそっとつつみ、育てようと茶々丸は思う。
「懐かしいな」
「…………?」
 不意に口を開いた士郎に、背負われている茶々丸は振動に揺られながらも内心で小首を傾げた。
「この麻帆良に彷徨い出て、初めて会った時の事を思い出してさ。エヴァと出会って、茶々丸と戦って、こうして茶々丸を背負いながら葉加瀬の研究室へと向かっていたなってさ」
「…………」
「……もう二ヶ月か」
 士郎が口にした二ヶ月という時。
 それは茶々丸が変わり始めた期間。
 未来は長く、遠く、そして未知である。
「士郎さん」
「茶々丸?」
「これからも、どうかよろしくお願いします」
「あ? ああ、こちらこそよろしくな」
 工学部の玄関が見えて来たと思った時、そこから人影が飛び出してきた。
 煤で汚れた白衣で、あまり体力が無いのに手を、足を振り上げ全力疾走。
 揺れるおさげに、まん丸眼鏡、目の端には涙を溜めて。
 葉加瀬聡美が勢いそのまま茶々丸に飛びついた。
「茶々丸―!」
「……ハカセ」
「ごめん、ごめんね茶々丸!」
 士郎に背負われている茶々丸ににすがりつくように葉加瀬は抱きつく。
「ハカセ、怪我はありませんか?」
「大丈夫、へっちゃらだよ!」
「……申し訳ありませんでした、ハカセ」
「ううん、いいの。私の思慮か足りなかっただけだから」
「ハカセ、これからも私をお願していいですか?」
「もちろん! どーんと私に任せなさい!」
 張り切って胸を叩く葉加瀬は、勢いが強すぎてげほげほと咽てしまった。
 気がつけばネギに明日菜、木乃香や刹那だけでなく、何時の間にか工学部の人たちまでやってきて茶々丸を心配そうに見ている。
 茶々丸はそんな人たちを見て、申し訳なさとありがたい気持ちが沸きあがる。
「茶々丸」
「何でしょう、ハカセ」
「さっき超と連絡取ったのだけど、超も屋台が終わってから茶々丸の復旧手伝ってくれるってさ」
「……そうですか」
「うん! 二人掛で明日にはぴっかぴかの茶々丸にしちゃうよ!」
「本当にありがとうございます」
 茶々丸の言葉に満足したのか、葉加瀬は満面の笑みを浮かべると茶々丸を背負った士郎の背後へと移動する。
「さっ士郎先生、私の研究室へ早く茶々丸を運んでください」
 一刻も早くと士郎を押す葉加瀬の行動に士郎は苦笑いを浮かべ、茶々丸も柔らかく笑う。
「ああ、わかったわかった。茶々丸をよろしくな」
「ええ、もちろん! 茶々丸は私の娘ですから!」











 深夜、誰もいないとある電算室。
 照明は全て落とされた中、一つだけ明かりを放つモニター。
 その画面の向こうには戦場があった。
「…………」
 その映像は、ただ一人の人間が歩いてきた道程。
 救いなんてない、それでも前へ前へと、ひたすら前進する男。
「…………」
 一度だけのリピートの後、一片すら残さずデリートされる映像。
 復元される事、能わず。
 落とされたPC、暗闇のディスプレイ。
 もうそこには何も映っていないのにそれでもその一点を見つめる。
 沈黙のまま、深く深く椅子に体重を預ける。
 そこには最初から何も無かったかの様に、ただ暗闇だけが――。

テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

  1. 2011/04/02(土) 00:00:00|
  2. 正義の味方と悪い魔法使い(Fate×ネギま!)
  3. | トラックバック:1
  4. | コメント:20
<<拝啓 白銀武様(Muv-Luv) | ホーム | 生存報告 ヒフミは怪我も無く元気です@東京。>>

コメント

布団に入るまえに何気なく立ち寄ったら正悪が更新されてて俺歓喜!
更新お疲れ様です。

今回の茶々丸の怒り方(茶々丸風に言うなら暴走)は実に人間らしい。
実際人間も本当に怒りの感情が高ぶると、怒鳴り散らすでもなく、逆に冷静になって静かに詰問したりしますし
そういった意味で茶々丸は確実に『心』を育んでいるなぁと思う回でした。

さて前回の正悪の更新から約3ヶ月近く。
次回の正悪の更新は果たして……
  1. 2011/04/02(土) 04:17:10 |
  2. URL |
  3. 三成 #NIjeC0HU
  4. [ 編集]

更新キター、きゃっほい♪
茶々丸と夕映のガールズトークw

生まれ始めた心、作り物として自分がいるのに
それが本物かどうか自身が悩んでる所で
ハカセの暴走で、自身だけじゃなく、気になる人の秘密まで暴こうとされれば
当然切れるわな

さて、そろそろ学園祭編。
エヴァ組の動きや、超の思惑はどうなるのか
楽しみです♪
  1. 2011/04/02(土) 13:59:24 |
  2. URL |
  3. 鴉 #-
  4. [ 編集]

更新お疲れ様です。

夕映が凄い成長してる。そして茶々丸も。

今回はハカセのマッドな部分が出てしまった、原作基準の話ですが、そこにある士郎の記憶が問題だった。茶々丸が原作とは違ってハカセを敵対者と認定したのは、ある意味正しい事なんだろう。

最後、士郎の過去は結局ばれたっぽいなぁ…
士郎の生き様を見て、あの子も色々考えて欲しいなぁ…
  1. 2011/04/04(月) 02:26:43 |
  2. URL |
  3. 良 #-
  4. [ 編集]

あぁ、今回の結果でどうなるのかわからなくなったなぁ
茶々丸暴走、ユエの覚悟どちらもよかった

士郎の過去を見て諦めるより理想を抱いて溺死する覚悟を手に入れたっぽいなぁ

これからも更新楽しみにしてます
  1. 2011/04/04(月) 07:14:10 |
  2. URL |
  3. #pt67g6gE
  4. [ 編集]

二人のガールズトークにニヤニヤさせていただきましたw

大切なものに手を出した輩は、サーチアンドデストロイ。
黒茶々さんにじみ出てますね~。
そういや黒茶々さんはもう出さないので?
  1. 2011/04/04(月) 20:54:23 |
  2. URL |
  3. フツノ #mQop/nM.
  4. [ 編集]

更新をうれしく思います。
士郎の過去は重すぎて今回最後に見た存在にどのような影響(呪い)を与えるのか気になります。

次回の更新も首を長くして、お待ちしています。
  1. 2011/04/06(水) 10:20:33 |
  2. URL |
  3. fuji #-
  4. [ 編集]

2ヶ月か・・・・・・なんか5年くらい経った気がしてたよ。
  1. 2011/04/10(日) 16:36:44 |
  2. URL |
  3. 鱸の丸焼き #-
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今回、大きな動きはなかったですがこういった話は大好きです。
茶々丸と夕映の立脚点が二人の会話の中でくっきりと浮き彫りになっていく。繊細で、ある意味面倒くさい回だと思うんですが丁寧に書き込んでいるのはさすがだと感嘆しました。
茶々丸は自分が自分であると認識して、周りの人間たちが茶々丸は茶々丸であると観測することにより”人間”としての個をなすって感じでしょうか。原作のネギへの恋慕が若干無理がある気がするので、正悪の方がしっくりきますねw

茶々丸と聡美の終盤のシーンも良かったですね。SS投稿直後にマガジンの本編でも同じようなシーンがあったんですが、マッドサイエンティストを自任するハカセをして科学をも魔法をも超越した奇蹟のような片鱗を垣間見て茶々丸にたいして愛情とも友情ともいえる感情がいいですね。

士郎の秘匿映像を見たのは超でしょうか。どんな過去であってもやり直しはしちゃいけない! という士郎の信念と、麻帆良にたどり着くまでの道程を目の当たりにしてどう反応するのか楽しみです。

話は前後しますがエヴァを頂点としたハーレム構想(笑)の最大の敵はやっぱり千鶴ですかね。

「キサマが立ちふさがると言うなら消えてしまえっ!!」
「リク・ラク・ラ・ラック・ライラック」
「契約に従い 我に従え 氷の女王」
「来れ とこしえのやみ」
「えいえんのひょうが」

「あらあら。そんなモノ振りまわしちゃダメよ!」
「うふふ。 ――《全て遠き理双丘(ナヴァロン)》――」

「な、なにぃぃぃぃぃーーーー!?」

というのを妄想中ですw

では次回更新をのんびり待ちたいと思います。



  1. 2011/04/24(日) 02:23:11 |
  2. URL |
  3. 小倉・D・グッディメン #U.WK5Jc6
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久しぶりに見てみたら更新キテター!

自分の心について懊悩する茶々丸かわいいです^q^

士郎の過去を知ったのは!?その人物はそれを見て何を想うのか!?続きが待ち遠しいです^^
  1. 2011/04/29(金) 10:20:50 |
  2. URL |
  3. #nGdA3O4A
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とてもおもしろいです。
次話が出るのを心待ちにしています。
  1. 2011/06/27(月) 17:11:49 |
  2. URL |
  3. #-
  4. [ 編集]

いつ茶々丸のデータをコピーする時間があったんですか?
ご都合主義はシラけるだけなんですが……
超にバラすためだけだったんでしょうが、正悪の物語で珍しいくらいに強引で都合のよい展開に、かなりがっかりです。
  1. 2011/08/06(土) 06:36:44 |
  2. URL |
  3. ホイ #-
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