ジェリクルクロネコ

二次創作や日記などを徒然なるままに載せるブログ。初めての方はガイドラインを、各話目録はテキストインデックスを。

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正義の味方と悪い魔法使い  043  (Fate×ネギま!)

 麻帆良学園都市の放課後、士郎は未だにクラスの出し物が決まっていない事に悩むネギの事を気にかけながらも、超包子の路面電車改造屋台二号で超と一緒に仕込んだ包子のタネを生地にせっせと包んでいた。


「……超、未だにクラスの出し物決まってないのって大丈夫なのか?」
「うちのクラス、追い詰められないとまとまらないからネ」
「いやいや、呑気に言うことじゃないだろ」
「無問題無問題、なんとかなるネ。いざとなたらネギ先生がどうにかするヨ」
 そのネギが悩んでいるんだがと士郎が更に突っ込むが、超は手をひらひらさせてそれ以上は取り合わなかった。
 士郎はため息をついてカウンター越しに超包子の青空テーブル席へと目を向けた。
 今は夕方ピーク前のアイドルタイム。仕込みをしている士郎達とは別に、五月が仕切る路面電車改造屋台一号で葉加瀬、古菲、茶々丸の四人で回しているものの、それでもこれから学園祭準備へと向かう生徒達が腹ごなしをする為か、ちらほらと席が埋まっている。
 超包子を回している士郎としては、連日学園祭準備をしている生徒達を見ているのもあってやはり自分のクラスの事が心配になってしまう訳で……。
 肩を竦めて仕込みに戻ろうとした士郎だったが、カウンター越しに制服から私服へと着替えた千鶴がひょっこりと顔を出した。
「こんにちは士郎さん」
「千鶴?」
「オヤ、那波サン、こんにちはネ」
「超さんもこんにちは」
「珍しいな、こんな時間にどうした?」
 夕食にしては若干早い時間帯、間食にしては遅すぎる。それに士郎の記憶では、これといった理由が無ければ千鶴は夏美やあやかといったルームメイト達と食事を取るはずである。ふと買い物帰りとも思ったが、スーパーの袋をぶら下げている訳でもなかった。
 小首をかしげる士郎に、千鶴が頬に手を添えながらくすくすと笑みを漏らした。
「ええ、今日は小太郎君が私たちの部屋に住むことになったのでそのお祝いに。もうすぐ小太郎君を連れた夏美とあやかも来ますよ」
 営業前という事でカウンターに腰掛けるのを遠慮していた千鶴に、士郎は腰掛けるように促して、思い出すように小太郎小太郎と小さく口の中で呟いた。
 その名は半月以上前に起こった、千鶴を始めとした生徒達が麻帆良に侵入した魔族に浚われた事件の時に上がった名前。ネギと共闘し、事件解決の一翼を担った一人の少年の名前だった。
「ああ、あの時の……。正式に麻帆良に転校してきたのか?」
「はい。昨日はさっそくネギ先生と一緒にじゃれあっていましたよ」
 楽しそうに語る千鶴を見て士郎は内心、ほっと安堵の息を吐く。
 やっと半月、まだ半月。明日菜やネギ、それに夕映とは違う、魔法と関係ない完全な一般人の千鶴が巻き込まれた魔族襲撃事件。
 事件後もそれとなく千鶴の事を気にしていたけど、この件に関して千鶴は一度も陰を見せるようなことは無かった。
 ――私は私の日々を過ごして、これからもずっとそうしていきますよ?
 あの言葉通り千鶴は平然と日常を過ごしてきた。
 士郎は目の前に座る千鶴を改めて見る。
 ……まったく、敵わない少女だなと士郎は苦笑いを浮かべた。
「士郎先生、どうかしましたか?」
 きょとんと小首を傾げる千鶴。
 そんな千鶴の表情に笑みを浮かべながら、士郎は千鶴と買い物の約束をしていたなと今更ながらに思い出した。
「……いや、なんでもない」
「可笑しな士郎先生ですね」
 誤魔化す様に言葉を濁した士郎だったが、千鶴にはばればれな訳で。結局、二人は視線を合わすと二人して笑う。千鶴は楽しそうに、士郎は弱ったといった感じに。
 教師と生徒のやり取り、というには違和感がありすぎてそんな微妙な空間が出来上がるが、ここにいるのは士郎と千鶴の二人だけという訳ではなく――。
「……もしかして、ワタシお邪魔かネ?」
「ん、何でだ? 流石にこれだけの量の仕込を一人でするのは勘弁して欲しいのだが」
「…………」
「超?」
 超は士郎に呼ばれた事も気にせずに、ものすごく微妙な表情を浮かべて、きっとわかってくれるであろう千鶴へと視線を送る。でも、その千鶴は正しくその意味を理解した上でくすくすと小さく笑っていたが。
「……ともかく、口だけでなく手を動かすヨ」
「ああ、わかったわかった」
 士郎は千鶴と会話しながらも手を止めていた訳ではないが、注意されたからにはと気分を入れ替える。
「それにしても小太郎君か、ネギ君も同年代の、それも同性の友達ができてよかったのかもしれないな」
「ええ、本当に」
 頬に手を添えて柔らかく笑う千鶴を見ながら、士郎も生地を練りながらも頬を緩ませる。
 学園長に小太郎を突き出したエヴァ曰く、悪いようにしないだろうとは言っていたが、戦力、というか戦える者を囲っておくという意味合いも無くは無いはずだ。
 それらを差し引いても、やっぱり気軽に話せる友達がすぐ側にいるという事は良い事だと士郎は思う。
 ネギの生徒である明日菜達は友達といえなくも無いが、それ以前に教師と生徒でもあるし、自分や他の教師は同僚の上に年が離れすぎている。
「士郎さん、大人の顔してますね」
「いや、俺も一応は大人だから……」
「いえ、そういう意味ではなく、保護者的な」
「それこそ大人の務め、だろ?」
「ふふふ、そうですね」
「……私、空気カ?」
 ついさっき突っ込んだばかりなのに、もう二人だけの空間を作っている士郎と千鶴。しょぼんと両肩を落としながらも、超は自分の最後のタネを白い生地で包み終える。
「うむ、士郎先生もそれが終わたら休憩ヨ。私も一号屋台をちょと覗いてから休憩入るネ」
「ああ、わかった」
 超に言われた士郎は、ほっほっと掛け声を掛けて素早く最後の包子を作り終えた。
 士郎は粉まみれの手を洗い、作り終えた包子を業務用の大冷蔵庫へと仕舞い、ついでに冷やしてあった杏仁豆腐一つを取り出し、二つのグラスに烏龍茶を注ぎカウンターに並べる。
「あの、士郎さんこれは?」
「ただ、座っているのもあれだろ、サービスだ」
 何か言いたげだった千鶴を気にせずに、士郎はコックコートのまま屋台から出でカウンター席へと移動しようとした時、一号屋台に行ったと思われた超が士郎の背後から現れた。
「フッフッフ、士郎先生、経営者の目の前でいい根性してるネ」
「いやいや、後でしっかりと払うから!」
「ま、那波サンとは知らない仲でもないし、士郎先生との契約もあるからね、サービスしとくヨ」
 士郎は超の言葉にしまったと顔を引きつらせたが、超は士郎のそんな顔を見れた事で満足したのか、千鶴に今後とも超包子をよろしくネとウィンク一つしてそのまま軽快に一号屋台へと歩いていった。
「……いや、流石に少し驚いた」
 士郎は全身の体重を預けるように、千鶴の隣にどかっと腰掛け、深くため息を吐いた。
「士郎さん、サービスしてくれるのは嬉しいですけれど、無茶はだめですからね」
「いや、そうだな、すまん千鶴」
 ぺこりと素直に頭を下げる士郎を見て、千鶴はしかたないですねと笑い、うな垂れる士郎の横で士郎が出してくれた杏仁豆腐を掬って口に入れた。
「士郎さん、杏仁豆腐。とても美味しいですよ」
「……そうか、それは良かった」
 ニコニコと明るい千鶴の笑顔を見て士郎も釣られて笑顔を浮かべた。
 無意識に出せる気遣いが上手い、それを重さにさせない。
 本当に中学生なのかと真剣に考えようとして、やめた。
 千鶴は千鶴だと。
「まったく……、千鶴には敵わない」
 自虐的な笑みを浮かべようとした士郎だったが、それすらきっと気づかれる。
「どうしました士郎さん?」
 楽しそうに、美味しそうに杏仁豆腐を食べる千鶴。
 士郎はその千鶴の横顔を見ながら、くっと口の端が無意識に上がっていた。
「いや、なんでもないさ」
「そうですか?」
「ああ」
 士郎は誤魔化すように笑って、烏龍茶を片手に視線をテーブル席で食事をする麻帆良の生徒達へと向けた。
 楽しそうに会話をしながら食事をする生徒、一つ一つ味わって本当に美味しそうに食べる生徒、これから用事があるのか慌ててかきこむ生徒、様々な生徒が見せる風景。
 それは正しく平和そのものの光景。
 こうしてここに居れることが、どれだけ価値がある事か士郎には分かっていた。
 それが奇縁だとしても、今、自分はここにいる。
 夕日が差すこの場で、薄く、本当に薄く、士郎は笑みを浮かべた。
「――士郎さん」
 思わず漏れ出たといった千鶴の呟き、それはか細く、士郎には届くことは無かった。
 千鶴は夕焼けに照らされる士郎の横顔を見る。
 万感の想い、士郎の薄く笑った表情を見たときに浮かんだ言葉。
 それはきっと衛宮士郎という人の歴史、これまで歩いてきた道なんだって。
 何処か胸が締め付けられる、自分の様な小娘では到底想像出来ることじゃないってわかる。
 でも、包み、守りたい、そう自然に思う事が出来た。
 千鶴は少しだけ恥ずかしそうに俯いて、そのまま真っ直ぐと士郎と同じ風景へと視線を移す。
 なんでもない日常の光景、千鶴には士郎ほどの思い入れを加味する事は出来ないが、それでも皆が笑っていられる光景に、自然と笑顔になる。
 二人の間には会話は無く、ただ喧騒だけが響く。
 まるでそこだけ切り取られた空間のようにゆっくりとした時間が流れていた。
 だが、その空気は一人の闖入者によって唐突に霧散した。
「お、千鶴ねーちゃん!」
 一拍置いて反応した千鶴の視線の先にはつんつん頭の少年、小太郎がぶんぶん腕を振って駆け寄ってきた。
「……あら、コタちゃん? 一人?」
「もうすぐ夏美ねーちゃんも来るで」
 間を置くこと暫し、小太郎の言葉通り、少し送れて夏美もやって来た。
「もう、小太郎くん先に行っちゃ駄目だよ……あ、ちづ姉、それに士郎先生も」
 士郎に向かってぺこりと頭を下げる夏美を見て、小太郎はそこではじめて千鶴の隣に座っている士郎の存在に気づいた。
「いらっしゃい、二人とも」
 柔らかい笑みを浮かべて歓迎する士郎だったが、夏美はともかく小太郎は怪訝そうな視線を士郎へと向ける。
「……何だ、お前」
 小太郎の士郎へ向けての第一声は警戒心溢れるものだった。
 小太郎は一瞬で士郎が堅気じゃないと気づいたが、それとは別に何処か気に食わない。
「コタちゃん?」
「…………」
 気に食わない一番の理由は、楽しそうにしている千鶴、自分に向ける表情とはどこか違う様子に小太郎は無意識にむっと眉を顰めた。
「駄目よコタちゃん、ちゃんと挨拶しないと」
「いや、いいさ」
 千鶴に自然と庇われる士郎が癪に障る、二人の醸し出している空気が気に食わない。
「こうしてちゃんと顔を合わせるのは初めてか、衛宮士郎だ。君には千鶴達の副担任って言った方がいいのかな?」
「なんで教師が料理人なんかやってんのや」
「……そこを突かれると痛いんだが、まぁ生徒への協力って感じだな」
「でも、士郎先生の作るご飯美味しいって噂だよ? あ、ちづ姉、言い忘れていたんだけど、いいんちょ遅れるってさ」
「あら、そうなの?」
 千鶴と夏美が会話する横で、小太郎はじーっと士郎を見る。
「麻帆良には慣れたか?」
「……まぁ、ぼちぼちな」
 ふてくされている小太郎が見た目相応の子供らしい様子に士郎は小さく笑う。
「……おっさん、強いやろ」
 士郎へと向けてのおっさんという言葉に傍で聞いていた夏美と千鶴が固まるが、言われた当の本人の士郎は苦笑いを浮かべるだけだった。
「強い、か。さぁどうなんだろうな」
 士郎としては、自分より強いものが居る事を知っているし、自分が真の強者であるとは思っては居ない。
 腕力などの直接な強さでは無く、どちらかといえば概念染みた意味の言葉であったが、小太郎にしてみれば自分が子供だと思ってしらばっくれていると思わざるを得なかった。
「だったら話は簡単や! ここで戦ってみればええ!」 
 言うや否や、小太郎は士郎へと吶喊した。
 もやもやとした思いをぶつけるが如くの右ストレート。
 肉を打つ渇いた音が響くが、士郎は椅子に腰掛けたまま、それを難なく受け止める。
 面白い、犬歯をむき出しにして小太郎は笑った。
 間合いを開け、ギアを一段上げ、今度こそ本番と。
 そして小太郎が再び地を蹴ろうとした瞬間、その背後にはいつの間に回りこんだのか、ゴゴゴゴゴと効果音を背負った千鶴が降臨していた。
「……コタちゃん?」
「ち、ちづる姉ちゃん!?」
 小太郎はまるで錆びたブリキのおもちゃが首を回すかの様にギギギギとぎこちなく振り向く。というか、もうこの時点で腰が引けていた。
「わわわ、堪忍や、ちづる姉ちゃん!?」
 今までの剣幕は何だったのか、小太郎は千鶴に向かって全力で平謝り。
 ――だが、千鶴は許さない。
 そして、小太郎の頭上に雷が落ちた。
「ちづ姉を怒らせるからそんなことになるんだよ」
 頭を抑えて涙目を浮かべる小太郎に向かって、ため息混じりに夏美が呟いてよしよしと頭を撫でる。
「あー、千鶴?」
「いつも悪ガキの相手をしていますので」
 振り向いてにっこりと笑う千鶴。
 士郎は何も言えなくなった。
 千鶴は未だ頭を抑えている小太郎の正面に立つと、そのまましゃがんで真っ直ぐと視線を合わせる。
「……ちづる、姉ちゃん」
「コタちゃん、謝る人は私じゃないでしょ?」
 弱弱しい小太郎の言葉に、千鶴は柔らかく笑うと小太郎の頭を一回、二回とそっと撫で諭すように口にする。
 小太郎は千鶴の言葉に無言でコクンと頷くと士郎へと向きり、ぽんと千鶴に背中を叩かれた。
「……スマンかったな」
 少しだけ不貞腐れた様子の小太郎だったが、士郎は小太郎の行動に怒っている訳でも、気分を害していた訳でもないので、そのまま許す。
「まぁ、今は出来ないが機会があれば腕試しぐらいはな」
「ほんまか、士郎!?」
 手の平を返すように豹変した小太郎に、士郎は苦笑いを浮かべながらもしっかりと頷いた。
 少し話しただけで、小太郎は月詠とはまた違ったベクトルの勝負好きなのがわかった。
 月詠の場合は正しく戦闘狂だが、小太郎は子供らしい純粋さがあって微笑ましい。
「コタちゃん、先生に向かって呼び捨ては駄目よ?」
「わ、わかったからちるづ姉ちゃん。士郎センセー、これでええやろ?」
 なんだか、まるで時代劇における用心棒の先生といったニュアンスのように聞こえるのはきっと気のせいなんだろうと士郎は思う。
 益体も無い事を考えていた士郎だったが、士郎と小太郎の間に夏美が割って入ってきた。
「……はいはい、これ以上二人の邪魔をしちゃ駄目だよ小太郎君。私たちはいいんちょが来るまで席を確保しとこうねー。それじゃちづ姉、士郎先生おじゃましました」
「ちょっ! 夏美ねーちゃん! 士郎センセー、勝負のこと忘れんからな!」
 夏美は吼える小太郎を聞く耳持たないとばかりに襟首を捕まえて、できるだけ屋台から離れたテーブルへとずんずん歩いていく。
「まったく、元気だなぁ」
「年寄りくさいネ、士郎先生は」
「まぁ、千鶴たちからして見れば、俺ももうおじさんだよ」
「いえいえ、士郎先生はか、かっこいいですよ」
 かっこいいと口に出した千鶴は、ほんの少しだけ頬を赤らめていたが、無論士郎は気がつく訳も無く――。
「……というか何時の間にかさらっと入ってきたな、超」
 平然と次の話題へと入っていく士郎。
 士郎に話を振られて、カウンターの中にいた超はアイヤーとばかりに両肩を落とした。
「私の事はともかく、今、士郎先生はスルーすべきじゃないものをスルーしたネ」
「?」
 何の事かわかっていない士郎は首を傾げるが、超はそんな士郎の様子に深く深くため息を吐いて、そのまま千鶴へと視線を向けた。
「那波サン、士郎先生を思い切ってデートにでも誘たらどうかネ……」
「デートって訳じゃないが、買い物に付き合うって約束をしているが?」
 投げやりな超の千鶴への言葉がったが、奇しくも答えたのは士郎だった。
「ほう! もうちょっと詳しくネ」
「いや、なんと言うか、千鶴に借りを作ってな……」
 爛々と目を輝かせる超に、士郎は頭を掻きながら言葉を濁す。
「うふふ、士郎さんの弱みを握っちゃいました。……でも、士郎さんは学園祭までずっと忙しそうですね」
 千鶴はくるり回ると賑わっている超包子を見て、何処か寂しそうな顔を浮かべる。
 だがしかし、そんな空気を吹き飛ばすかのように超が軽快にぽんと手を叩いた。
「超、さん?」
「超?」
「ああ、それなら心配すること無いヨ」
「ん? ヘルプでも来るのか?」
「学園祭当日この屋台、と言ってももと複数になるけど、お料理研究会が使うからその予行演習ヨ。五月はお料理研究会がメインだからともかく、私やハカセは他にやるべき事やその準備もあるから実は忙しいかったりするのネ」
 フフフと何処か芝居がかった笑みを浮かべての超の説明に士郎もなるほどと頷く。確かにこの人数で朝夕の営業、それに加えて学園祭の他の準備は流石に無理がある。
「という訳で休みが欲しいならいつでも言てくるといいヨ!」
 ぴんと指を立ててウィンク一つ。
 つまりは千鶴の買い物に付き合えと言外に言っている訳で、水を向けてくれた超にもしかしたらと千鶴の顔に花が咲く。
「いや、超や葉加瀬が他にやるべき事があるなら、なおさら俺が抜ける訳にもいかない。クラブっていうなら古菲も茶々丸もやるべき事があるだろうし、店の回し方を知っている人間が多い方に越した事はないだろ? それに生徒を手伝うのが教師の役目だ」
 正論といえば正論なのだが、今この場所では空気が読めてない事この上ない。
 何処まで鈍いのか、あちゃーと顔を顰める超だったが、何処かから漏れてくるくすくすという笑い声に怪訝な表情を浮かべる。そしてその声がする方を向くと、千鶴が口を押さえて笑っていた。
「那波、サン?」
 千鶴は超に声を掛けられた事にも気づかずに笑い続ける、士郎が本当に士郎らしくて。
「ふふふ、あははは」
 千鶴はとうとう我慢しきれなくなったのか口を押さえていた手を離すと、目の端に涙まで浮かべ、お腹を抱えて笑い出した。
「ち、千鶴?」
 口を大きく開けて笑う千鶴に士郎と超は目を丸くした。
 中学生とは思えないほど包容力があって、大人びた少女である千鶴。
 そんな彼女が天真爛漫に笑っている。
 しばらく呆然と見とれていた士郎と超だったが、笑いを収めた千鶴を注視する。
「士郎さん、超さんは士郎さんが休みを取って私を買い物に誘えって言ったんですよ?」
「そう、なのか?」
「そういう事ネ。だから士郎先生は店の事は気にせずにデートに行ってくるといいヨ」
 始めて聞いたとばかりに少しだけ驚いた顔をする士郎に、超は何処か疲れた顔をしてしっかりと頷いた。
 士郎はなんだか狐に摘ままれたような気もしないまでも無かったが、ゆっくりと千鶴の方へと向き直る。
「えっと、千鶴の買い物に付き合うぞ?」
 自信無さげで、その上疑問系の士郎。
 格好悪いことこの上ないけど、それがまた士郎らしい、本当に格好いい所を知っているだけに千鶴はまたくすりと笑った。
「――ほんと、本当に士郎さんらしいですね。そうですねコタちゃんのこまごまとしたも物も買わないといけませんから、士郎さんには一日全部付き合ってもらおうかしら」
「あ、ああ」
「日時はまた今度伝えますから、当日は覚悟しててくださいね」
「いや、少しは手加減してくれるとありがたいのだが……」
「駄目です」
 きっぱり言い切った千鶴に士郎はずーんと肩を落とした。
 女性の買い物というのは士郎の経験上長いと決まっている。
 士郎の惨状にクツクツと意地の悪い笑みを浮かべている超、そして千鶴もまたくすくすと笑った。
「おや、あれはいいんちょでないネ?」
「あやか?」
 千鶴は超の言葉に反応して、超が見ている方へと視線を向けた。
 自分や夏美達が居るであろうテーブル席を探しているのか周囲を見回しているあやかが見えた。
 千鶴は時計を軽く確認してから士郎達へと向き直る。
「それでは士郎さん、超さん、あやかが来たので一緒に夏美の所へ行きますね。士郎さんの作った点心、楽しみにしていますから」
「ああ、まかせろ」
 士郎の一言にペコリと一礼して夏美たちを探しているあやかの元へと歩いていく千鶴。
 千鶴の存在に気づいたあやかは二、三言葉を交わすと二人揃って再び歩き始める。
 きっと夏美と小太郎が確保しているテーブルへと向かうのだろう。
「……乙女してるね、那波サンは」
「藪から棒にどうした?」
「藪から棒って、もういいヨ」
「そういう超はどうなんだ?」
「シラナイアルネ?」
 すっとぼける超に士郎は苦笑いをして、時計を確認する。
「さて、ボチボチお客が増えていく頃合だぞ、超」
「こっちの屋台もそろそろ開けるネ、士郎先生」
「ああ」
 士郎は最後にあやかの手を引き、まっすぐと前を向いて歩いていく千鶴を見て気分を新たにする。
「フフフ、今日も稼ぐヨ!」
「少しは手加減して欲しいのだがな……」
 超包子改造路面電車屋台二号の調理場に火が入った。




「あっ! 衛宮先生!?」
「ん?」
 鍋を振るっていた士郎は不意に名を呼ばれ、手を動かしたまま顔を上げる。
 そこには驚いた表情で自分を指差す愛衣と小さく首を傾げた高音、それに士郎の知らない帽子を被った眼鏡の少女がいた。
「こんなとこで何してるんですか?」
「あっ、ちょっと待ってくれ。――茶々丸四番テーブルさんの大盛りチャーハン三人前出るぞ!」
 士郎は近づいてきた愛衣の言葉を制止すると、今正しく振っていた中華鍋から手早くお玉でチャーハンを掬うとカツカツカツと音を立てて均等に盛り付け、配膳用のお盆へと乗せていく。
「同じく水餃子一人前、焼き餃子二人前も出るネ!」
 超も士郎と同時に仕上がったのか、士郎のと合わせて持っていってもらう為に開いていたお盆に三人前の水餃子を乗せ、そのまま配膳用のカウンターに乗せる。
 間髪置かずに滑り込んできた茶々丸がペコリと頭を下げて素早く注文の品を確認すると、すぐさま両手に持って、来た時と同じように去っていく。注文の記憶と汁物を溢さずにすばやく正確に配膳するのは流石茶々丸。
 士郎達の流れるような作業にほぇ~と口を明けて感心している愛衣だったが、それに気がついた高音が愛衣の様子に和みつつ軽く頭を小突いて正気に戻す。
「お姉さま?」
「折角ですからここで食べて行きましょうか」
「はい!」
 元気良く頷く愛衣を見て、高音は微笑みつつ空いていたカウンター席へと腰掛けた。
「衛宮先生がこのような所で働いていたなんて驚かされましたわ」
「……こんな所とは失礼ネ」
 屋台を眺めての高音の言葉に奥で洗い物をしていた超がぼそりと呟く。無論高音達の耳には届かなかったが、三人にお冷を出していた士郎にはばっちり聞こえていた。
「……まぁ、俺は普通の先生方よりは時間があるからさ。それに料理は嫌いじゃないしな」
「ええ、わかっていますわ衛宮先生」
 妙に納得した様子で二度、三度と頷く高音に士郎は怪訝そうに首を捻る。
 そしてふと強い視線を感じてそちらを向くと、慌てて視線を逸らすおさげの少女こと、高音が連れて来た三人目。
 士郎の向けた視線に気がついたのか、高音はおさげの少女の背中を軽く押す。
「そうでした、衛宮先生紹介しますわ。こちらは夏目萌、ほらナツメグ自己紹介しなさい」
 高音に促されて慌てて立ち上がり、ナツメグと呼ばれた少女は被っていた帽子を取り、士郎に向けてぺこりと一礼する。
「麻帆良芸大付属中二年の夏目萌と言います」
「ああ丁寧にどうも、麻帆良学園中等部三年A組副担任衛宮士郎だ。余り会う機会は無いかもしれないがよろしくな」
「はい、よろしくお願いします。噂の衛宮先生にお会いできるなんて感激です」
 まるで有名人に出会えたかの様に目を若干潤ませる萌。
 そんな士郎にとっては過剰ともいえる萌の様子に士郎は怪訝そうに首を傾げる。
「噂の?」
「ええ」
 士郎の疑問に声を上げたのは高音だったが、次いで愛衣が口を開く。
「子供先生の助手という事、困っている子がいたら手伝ったり助けたりという噂ですよ」
「ああ、そういえば初めて会った時、愛衣がそんな事も言っていたな」
「はい。そのときは麻帆良学園中等部周囲の噂だったんですが、今では麻帆良全域に拡大しつつあるみたいですよ」
「……そうなのか?」
 何かあれば老若男女区別無く助けるのは士郎の性だが、麻帆良全域という愛衣の言葉は流石に眉唾だろうと軽く笑う。
 だが、そんな士郎の思いを高音がぶった切る。
「甘い、甘いですわ衛宮先生。折りしも今は学園祭準備期間、どこも人の手どころか猫の手も借りたい忙しさ、私たちも見回り頻度が――」
「お、お姉さま!」
 慌てて遮った愛衣、高音は頬を赤くさせながらも咳払いを一つ。
「……コホン、失礼しました。この麻帆良の学園祭を侮ってはいけませんわ衛宮先生。三日間の延べ入場者数はなんと約40万人! 世界でも有数な学園都市全校合同イベントですわ」
「そういえばそんな話も聞いたな……。確かかなりのお金が動いて、各サークルはこの学園祭で部費を稼ぐ、だったか?」
 超に超包子で働かないかと誘われた時に受けた説明をなんとなく思い出す士郎。
「ええ、その通りですわ。ですからその熱の入れ様は、言わなくてもわかりますわね?」
「ああ」
「そんな麻帆良の学園祭準備で、トラブルが起きれば何処からとも無く現れて助けてくれる。無理難題でも真摯に聞いて何とかしてくれる。それはヒーローでは無く何だというのでしょう!」
 自分の語りで感極まったのかぐっと拳を握り締め、くるりとその場で回る高音。
「名前はそれほど知られては居ないようですが、身に纏っている赤い外套から通称“レッドの兄ちゃん”。ちいさな子を車から守ったという事も耳にしていますし、子供たちはまるでヒーローの様に衛宮先生の事を口にしますわ!」
 テンション上げ上げな高音に追随する愛衣と萌だったが、横で話を聞いていた超は何処か生暖かい視線を士郎へと向けた。
「……士郎先生、そんなこともしていたのカ?」
「いやいやいや、ちゃんと教師の仕事もしているぞ。テストの採点とかネギ君のサポートとか」
「うーん、超包子を手伝ってもらている私が言える事ではないが、はっきり言って士郎先生は教師としての影は薄いネ」
「…………」
 言い訳ともつかない士郎の弁明をばっさりと切った超。
 確かに一人で授業を受け持つ事は無く、せいぜいテストや自習の監督だとか予備役的なものが中心で、確かに教師と言われると首を傾げるのは事実。事実であるんだけどそれが士郎をへこませる。
「…………いや、いいんだ。どうせ俺は正規の教師じゃないしな」
「まぁまぁまぁ士郎先生元気出すヨ。それにしても何処からとも無く現れて颯爽と助けていく赤い人。うむ、正しく正義の味方カ」
 うな垂れて自虐に走る士郎に、超はぽんぽんと肩を叩きながらことさら明るくそんな事をのたまうが、正義の味方という単語に士郎は何処か複雑な表情を浮かべた。
 だがしかし、そんな士郎が霞む程につっぱしる反応を見せたのは案の定高音であった。
「正義の味方、なんていい言葉でしょう! 私たちは世の為人の為、力ある者は力なき者の為にその力を使わねばならないのです!」
 ドン、と高音は勢いそのままにカウンターに掌を叩きつけ自分に注目を集める。
 瞳を濡らし上気した表情のまま、自分に注目する愛衣と萌を抱くように両手を大きく開いた。
「あなた達も衛宮先生を見習うように!」
「わかりましたっ!」
「はいっ!」
「よろしい! その言葉を忘れない様に精進しなさい!」
 高音の言葉に真剣な表情で頷く愛衣と萌。
 そして高音は語り疲れたのか、軽く息を吐きながら喉を潤す為にお冷を手に取った。
「……少し、熱くなってしまいましたね」
「高音は、やっぱり正義の味方に憧れるのか?」
「ええ、それが私の目指すべき道ですから!」
 一片の疑念も無い純粋な満面の笑みで高音は士郎の言葉を肯定する。
 士郎はその高音の眩しさに目を細め、誤魔化すように苦笑いを浮かべた。
「そういえば士郎先生、正義の味方といえば麻帆良のこんな都市伝説知っているカ?」
「都市伝説?」
 唐突とも言える超の言葉だったが、すぐ側にいる高音達三人も興味を覚えたのか耳を傾ける。
「3-Aの幽霊だとか、去年の夏からの吸血鬼事件、図書館島の地下に大きな怪物がいるとかの話ネ」
 ……吸血鬼事件は無論エヴァの仕業、図書館島地下の怪物――ドラゴンは士郎も直接目にしているし、3-Aはそもそも自分のクラスである。
 微妙な顔をしている士郎を見て超はウィンク一つと更に言葉を続けた。
「で、都市伝説の中でも根強い人気ある噂が本題ヨ。学園内で危険に陥るとどこからともなく「魔法少女」や「魔法オヤジ」が現れて助けてくれるっていう噂ネ」
「へー。魔法少女はメルヘンって言えなくも無いが、魔法オヤジって……」
「――ッ! ゲホゲホゲホッ!」
 ある意味似たような事をしている士郎はそういう噂もあるのかと素直に感心したが、そんな士郎とは対照的に、お冷を口にしていた高音が思いっきり噴出してげほげほと咽ていた。
「お、お姉さまっ」
 台拭きでカウンターを士郎が拭き、まだ咽ている高音の背中を愛衣が慌てて擦る。
「た、高音大丈夫か?」
「え、ええ、だ、大丈夫ですわ」
 咽ていたのは納まったものの、お冷を握る手が震えて定まらない高音。無論全然大丈夫じゃない。
 士郎がふと振り向くとニヤリと笑う超が居た。
 ……ああ、確信犯かと。
「そ、それより、ちゅ、注文よろしいですか!」
「お、お姉さまメニューが逆さまですっ!」
「あわわわわ」
「いや、まずは落ち着こう高音」
「おほほほほ、私は動揺なんてしてませんわ」
「お姉さまだからメニューが逆さまですよ!」
 そんなこんなで動揺する高音と何とか落ち着かせようとする愛衣と士郎、そして右往左往している萌にそれらをニヤニヤと見守る超。
 結局無事に注文が取れたのは十分後。
 途中オーダーを持ってきた茶々丸が阿鼻叫喚な状況を見て何事と変な顔をしていたりとしたが、謳い文句である速い安い美味いの名の通り、すぐに出す事の出来る点心を中心に士郎は三人の前へと並べていく。
 食事へと意識が移っていったのか、あれだけ狼狽していた高音も目の前に並ぶ点心に舌鼓を打ち、すっかりと落ち着きを取り戻して愛衣や萌達と談笑しながら食事を楽しんでいる。
 そんな高音達の会話をカウンター越しに聞きながらも士郎と超は屋台を回し、他の客の注文が一段落した所を見計らって士郎は再び愛衣へと声をかけた。
「愛衣にちょっと聞きたいことがあるんだけど、大丈夫か?」
「あ、はい、私で答えられることでしたら」
 なんだろうと、少し緊張気味に体を硬くする愛衣に苦笑いを浮かべて、大した事じゃないと前置きをして士郎は口を開いた。
「あら、衛宮先生が愛衣に聞きたい事があるなんて」
「いや、愛衣にしか聞けない事だよ。……まぁ何だ、月詠のクラスでの様子というか、そんな感じの事を教えて欲しくてな」
「月詠さんの様子ですか?」
 士郎の言葉に愛衣は一瞬きょとんとした表情を浮かべたが、顎に指を添えて思い出すように口を開いた。
「そうですねぇ、クラスでは私と一緒に居る事が多いですけど、ふと気づくと一人で居る事も多いです。あっ、別にクラスに馴染めてないとかじゃなくて、ノリの良さからクラスのムードメーカーになったりもしてるんですよ」
「ムードメーカーか、らしいと言えばらしいのかもしれないな……」
「ですよねっ!」
 自分の事のようにはしゃぐ愛衣の言葉を聞いて、士郎は安堵と感嘆が混じった息を吐く。
 月詠の性格を把握している士郎としては、そんな行動はどちらかと言えば気まぐれだろうと。普段の生活は二の次、最優先は戦闘に関する事、これだけはきっと変わらない。
 それでも戦う事意外に興味を持って欲しいという想いは士郎自身のエゴと認めつつも、やっぱり学園祭も近いし楽しんで欲しいと思ってしまう。
 最近は夕映と一緒に居る事が多いから、その縁でもう少し世界を広めてくれないかな、などと考えていると愛衣が自分の手の平をぽんと叩いた。
「あ、でもでもこの前の中間テスト、月詠さん結構成績良かったんですよ。転入してきてからそんなに経ってないのに凄いです」
 私も驚きましたと、両手をぎゅっと握って少しだけ興奮している愛衣に、士郎は生暖かい視線を送ってしまう、……その実情を知っているだけに。
「あーそれはなんというか……」
「何か知ってるんですか?」
 士郎はきょとんと小首を傾げて尋ねてくる愛衣に、どう答えたらいいものかと唸るが結局そのまま答えることにした。
「一応教師という身としてどうかと思うんだが……餌で釣った」
「……え?」
 唖然とする愛衣を他所に、その時の事を思い出した士郎は深く深くため息を吐いた。
 中間テスト一週間前は夕映が修行を始めた日でもあるが、同時に現実の一時間が二十四時間となるエヴァの別荘を使い始めた日でもあり、夕映の修行にほぼ必ずと言っていいほど付き添う月詠も夕映と同じ主観時間を過ごす事になった。
 夕映に懐く月詠というのは、士郎から見て首を捻る組み合わせであったものの、きっと二人に奇縁が合ったのだろうと深くは考えなかった。
 テスト三日前の5月23日。テストがすぐそこまで迫ってきた事もあって、一応教師という立場の士郎から修行の時間の合間にテスト勉強を入れるようにと。
 夕映と茶々丸は士郎の言葉に素直に頷いていたが、聞いているんだかいないんだかの月詠、案の定というべきかエヴァが一番嫌そうな表情をしていた。
 だがしかし蓋を開けてみれば素直に勉強する夕映と茶々丸はともかく、赤点を避けるべく皆と一緒に椅子を並べたエヴァまではいいとして、一番の問題児は一応勉強道具は持って来るものの、ほとんどやる気の無い月詠だった。
 押しても引いても右から左に受け流し、強制的に席に着かせようとしても、ばっちこいですぅとばかりに目を輝かせて二刀を抜刀する始末。
 苦肉の策としてテストが全て七割以上だったら、戦闘的な意味で一日中月詠に付き合うと。
 その士郎の言葉を聞いた月詠の変化は劇的だった。
 そうと決まったら一直線、今まではなんだったんだとばかりにニコニコと勉強に励む月詠。
 そして試験前日の強制勉強合宿inエヴァの別荘を経て迎えた中間テスト。
 返却されたテストを満面の笑みで持ってきた月詠を見て、士郎が頭を抱えたのは言うまでも無かった。
 余談ではあるが、飛躍的にテストの点を上げた夕映が他の馬鹿レンジャーから裏切り者扱いされていたが、鼻で笑って冷ややかに受け流していた。
 そんな一場面を見た士郎は軽く頭を抱えた。
 一緒に居るエヴァか、月詠か、それともチャチャゼロの影響か、夕映の性格がだんだん黒くなっていってるような気がして――。
「――衛宮先生?」
「……あ、いや、なんでもない」
 無意識に腕を組んで目頭を押さえていた士郎は、愛衣の言葉に自分の考えを振り払うべく首を振った、今は夕映の事ではなくて月詠だと。
「それで先生、月詠さんを、何をもって釣ったんですの?」
「いや、まぁ、なんだ、高音が気にするような物じゃないぞ。法的にとか、モラル的にどうとかって話じゃないからさ」
 一日中切った張ったをする権利だ、とは無論言える訳も無く、士郎は高音の質問を言葉を濁して誤魔化した。
「……まぁ、弁解ではないんだが、月詠の頭は悪くないさ。ただ、その向かうべきベクトルが一方的過ぎて、な」
「あぁ、なんとなくわかりますそれ」
「ある意味単純とも言えるが、そこを突けばそれなりにコントロールが出来る、事もある」
「曖昧なんですねー、と言いたい所ですけど、その気持ち私もわかりますから……」
 良く言うと天真爛漫、悪く言うとトリッキー、そんな気分屋で掴み所の無さに定評のある月詠。そんな彼女に振り回されることが多い愛衣と士郎は二人揃って深くため息を吐いた。
「じゃあ、今度は逆に私が質問していいですか?」
「月詠の事か? 俺の質問にも答えてくれたし、答えられるものだったら何でも答えるぞ」
「じゃあ聞いちゃいますけど、月詠さんとは結構長いんですよね?」
「う~ん、長いかどうかは置いといて、この麻帆良の中ではそれなりに詳しいと思うが……」
 真実、修学旅行の時と麻帆良に来てから面倒見ている位で、ここ最近だと夕映の方が詳しいのかもしれないと士郎は思う。
 言葉を濁す士郎に、愛衣は謙虚な態度と受け取ってぼそぼそと話し始めた。
「なんだか最近、月詠さんの私を見る目が怪しいんです」
「怪しい?」
「あら、その話は私も始めて聞くわね」
 聞き手に回っていた高音がぐいっと二人の間に顔を突き出してきた。
「いえ、ちょっと気になっていたぐらいですから! お姉さまに相談に乗ってもらうほどじゃなかったんです」
 隠していたことが見つかった子供のように慌てだす愛衣に、高音はくすくすと笑いなが余裕をもって優しく愛衣を落ちるかせる。そういう所は流石お姉さまとして面倒を見ているなと。
 士郎は気を取り直して愛衣へと詳細を尋ねた。
「具体的に言うと?」
「ときどきふと視線を感じて振り返ったりするんですけど、月詠さんが頬に手を添えながら熱っぽい目で私を見ているんです……」
「……そう、か」
「なんて言うんでしょう、こうまるで獲物でも見るような感じがして……。何か思い当たる事ってあります? 私には全然思い当たる節が無くて、もしかしたら衛宮先生なら何か心当たりがあるかなって思って……」
「…………」
 思い当たるも何も、獲物を見るようなではなく、獲物として見ています、とは流石に士郎も言えなかった。
 月詠の向かう方向なんて考えるまでも無く、戦いに関係する事柄な訳で。
「こう頬を赤らめて何かを考えてる、うっとりしているんですよ」
 ……ああ、確定だ。
 話を聞いているだけで士郎はなんだか黄昏て行く。
 そういえばと士郎は、慌てて魔法のことを隠そうとしていた高音と愛衣を見て改めて思う。
 学園長は自分や月詠の正体、と言うには大げさであるが、魔法の事を知っているという事を回りに話したりしていないのだろうかと。月詠が麻帆良に来た時の愛衣達との顔合わせはまだ初日だったから話が通って無かったで納得できるのだが……忘れている、という落ちじゃ無いよな?
 実際には、士郎に関してはエヴァが学園長に歯止めをかけていて、月詠は先の京都での件もある事から士郎の管轄という理由で、周囲の魔法先生魔法生徒には周知されていなかったりする。
 現実逃避気味に別な事を考えていた士郎だったが、愛衣は何かを思いついたのかパチンっと手を打ち鳴らした。
「あ、もしかして、私って月詠さんに狙われたりしてたりしてっ!」
「…………」
 その通り、とそこまで出掛かった言葉を士郎は止めた。
「えへへへへ、そんな訳ないですよねぇ?」
「…………」
「冗談ですよね? 当たってなんか無いですよ、ね?」
「…………」
 何かを言い辛そうにして視線を逸らし始めた士郎、そんな士郎を見て愛衣の頬を嫌な汗が伝った。
「ちょっどうしてそこで黙っちゃうんですかっ! 当たってなんか無いですよね!? 嘘だって言ってください衛宮先生ぇ! 視線を逸らさないでくださいよぉ!」
 あわあわと取り乱す愛衣を前に、士郎に出来ることは余り多くなかった。
「別に取って食うって訳でも――いやどうだろう? ……まぁ、なんだ、その、がんばれ」
「うわぁーん、否定するならちゃんとしてくださいよぉ! 私から振った話題ですけどぉ、こんなこと聞きたくなかったですぅ。ルームメイトで一緒に居る時間も長いんですよっ!  これからどう接すればいいんですかっ!」
 救いなんて無かったと、愛衣は高音へとすがりついてわんわん泣き出した。
 高音はそんな愛衣を仕方ないわねとばかりに、背中をぽんぽんと軽く叩いてあやしながらも士郎へと向き直る。
「それで衛宮先生、本当に愛衣は狙われているんですの?」
「まぁ、多分。強い女の子は好きだとか言っていたし、月詠を見る限りその通りだと思う。ただ、今はまだ様子見、といったところだと思うけどな。その気ならもうすでに手を出しているはずだから……」
「そうですか」
 士郎の言葉に高音はふと何かを考える仕草をしたと思ったら、胸の中にいる愛衣の両肩を掴んで起こした。
「愛衣」
「……お姉さま?」
 少しだけ目を赤くした愛衣、そんな彼女を高音は正面から見据える。
 そして、高音はそっと口を開いた。
「月詠さんより強くなればいいでしょ? 強さを持って月詠さんを導きなさい、それもまた一つの道ですわよ」
「は、はいお姉さま!」
「いや、それは流石に……」
 本末転倒だろうと言いかけた士郎だったが、自信満々に胸を張る高音を見て口に出すことは無く。生暖かい目で見守る士郎とは裏腹に、諭された形になった愛衣は目を輝かせながら高音の言葉に頷いていた。
 まぁ多分、月詠が一般人ではなく神鳴流の剣士であると知っていたなら、また別な反応もあったかも知れないと、士郎は何処か投げやりにそんな事を思った。
 実際には月詠の愛衣に対する興味を持つか持たないかは、ぎりぎりのラインだと思う。
 そんな事を思っていると超が伝票を受け取って会計を済ませたのか、高音達三人がカウンターから立ち上がった。
「衛宮先生ご馳走様でした、それでは又の機会に」
「ごちそうさまでした」
「ご馳走様です」
「いや、こちらこそ月詠の話聞けて助かった。またな三人とも」
「ありがとうございました~」
 満足気な顔を浮かべて去って行く三人組を見送りながら、士郎は柔らかい優しげな表情を浮かべた。
 同じく三人組を見ていた超は少し冷めた目で、何かを測るように見ていた。
 そして超は不意に口を開く。
「士郎先生、彼女たちは――」
「――超」
 士郎は超の言葉に被せ、気勢を止めた。
 そして苦笑いを浮かべる。
「俺は何も知らないよ」
「……知らないカ?」
「ああ、知らない」
 言葉には出さないが、目は口ほどに物を言うとはよく言ったもので、超もそんな士郎を見てニコリと笑った。
「超も知らないだろ?」
「ソウアルヨー」
 互いに白々しいやり取りであったが、最後に視線を合わせて二人して笑いあった。
 そしてそんな場面に茶々丸が伝票を持って滑り込んできた。
「士郎さん、超オーダーが入りました」
「ああ、分かった。超、今は店を回さないとな」
「いっぱい稼ぐヨ!」
 茶々丸から伝票を受け取った二人は気分を新たにして厨房に立つ。





「打撃が寝技に劣るってぇのかダボがぁ!」
「上等だコラァ! ルールなしでの路上で勝負だ!」
 士郎と超がオーダーを捌いている時、客席側から不意に言い争いが聞こえて来た。
 眉を顰めながらも士郎が視線を向けた先には、大学生らしい二つの集団が睨み合い、険悪な雰囲気を放っていた。
 もし、ここが普通の食堂なら士郎は一も二も無く飛び出して仲裁していただろうが、ここは超包子。営業始めてはや二週間、士郎もすっかり染まってきていた。
「士郎先生、準備しないのかネ?」
「いや、まぁ準備はするよ」
 士郎はニヤニヤとした表情で促す超の言葉に苦笑いを浮かべながらも手を洗い、エプロンを外して屋台から降りる。
 ゆっくりと歩く士郎の姿には貫禄とも威圧感とも取れる雰囲気を醸し出され、そこへ両手に鈍器を持った古菲が並び、周囲からは静かなどよめきが上がった。
 古菲には劣るが、士郎の顔も広まってきた。ただ腕っ節が強いだけでなく、何処か凄みがある姿に気がつくものは気づき、それに加えてウルティマホラ優勝者である古菲が武において士郎に敬意を払う様子に良くも悪くも注目されていた。
 そして仁王立ちする士郎と、鈍器を構える古菲の間に真打が登場する。
 超包子総料理長四葉五月――通称さっちゃん。
 ゴゴゴゴゴとまるで効果音を背負ったような凄みがある五月に、周囲は圧倒され、ただざわめきだけが周囲を取り囲む、そして全ての視線が五月に集まる。
 それは彼女が完全にこの場を支配しているという事の証左。
「あんた達――」
 誰もが五月に飲まれ、誰もが言葉を発せずにいた。
 ここは超包子。
 無法者に食無し。
「――ここでの喧嘩は御法度だよ」
 決して声量は大きくは無かったが誰の耳にも届いた言葉。
 そしてこの場に存在する全ての人間が、五月の背後にユーカリの葉を食むコアラの姿を幻視した。
『……さっちゃ~ん』
 ほんわかした空気が流れて、一触即発の空気は完全に何処かへ行ってしまった。
 みんながみんないいものが見れたと口々に四葉を称え、件の大学生の集団も和解してしまった。
 士郎も相互を崩し、どういう顔をすればいいか困ったけど、最後には軽く息を吐いて何時ものように苦笑いを浮かべた。
「……何度立ち会ってもこの光景はすごいな」
 自分の倍はあろうかという者達に、臆すことなく言葉を向ける五月の行為。だからこそ誰もが認めるんだろうなと。
 士郎の視界の端に、金糸が揺れた。
 振り返るとチャチャゼロを従え、腕を組みながら二度三度と頷くエヴァが居た。
「当たり前だ、クラスで唯一この私が認める人間だぞ。――奴は、ホンモノさ」
「……何言ッテヤガンダ、御主人」
 チャチャゼロの言葉をすっかり無視しながら何処か遠くを見つめ目を輝かせる、エヴァ。
 その視線の先には、何が映るというのだろうか……。
 だがそんな空気は次いで現れた人間によって壊された。
「師匠、浸ってるところすいませんが、夕食にするですよ」
「ごはん~ごはん~」
 ひょっこりと現れる月詠と月詠の背に隠れるように立っている夕映の二人組み。今の今までエヴァの別荘で修行をしていた様で、ともかく夕飯が食べたいと主張する。
「……まったく無粋な奴らだ。まぁいい、士郎、席へと案内しろ」
「ケケケ酒ダ、酒モッテコイ家政夫」
「いきなりお酒って、まぁいいけどさ。カウンター席でいいか? この時間帯はだいたいテーブル席が埋まっているから……?」
「ん? どうしたシロウ」
 エヴァの疑問の声に士郎は反応せず、士郎の視線は月詠、ではなくてその後ろに引っ付くように右半身を隠して立っている夕映へと向けられていた。 
「……夕映、それ、どうした?」
「何の事です? 私には――」
「夕映」
 士郎の問いかける声色が低く感じるのも、目が据わっていた様に見えるのはきっと気のせい、と夕映は思いたかったが観念して月詠の背中から離れる。
 そして現れた夕映に、士郎は盛大に顔を顰めた、右目を覆う白い医療用の眼帯を見て。
「……やっぱり突っ込まれてしまうですか」
 夕映は士郎を心配させてしまった事に肩を落としながら、眼帯をしている右目を隠すようにそっと手を添える。
「……夕映、それは今日の修行でか? 後遺症とか傷は?」
「はい、月詠さんとの稽古で。師匠に見てもらいましたが眼球に傷も無くて大丈夫だそうです。ですが……」
「……何かまずい事でもあったかのか?」
「まずいというか、なんというかですね……。ともかく見てもらえれば早いです」
 夕映は気乗りしないと言った様子で、おずおずと眼帯を外す。そこから現れたのは、右目を覆う、見事な青たん。
 士郎は夕映の目の高さまで屈み、夕映の顔を両手で抑えながら触診する。
 それは強く殴打されて出来たもの、多分原因は拳。
 夕映の頬から目元を親指でそっと撫でる、士郎。
 夕映は漠然と自分の顔を覗き込んでいる士郎をまじまじと見つめる。
 真剣な表情、それは自分を心配してくれている証拠、ちょっと過保護かもしれないですと夕映は小さく笑う。
 ふと視線を逸らすと、士郎の背中越しに立っている月詠と視線が合った。
 何を思いついたのか、月詠は夕映に向けて自分に注目するように示し、何かを始める
「?」
 夕映は月詠の行動に疑問を抱きつつ、とりあえず見守ることにした。
 両腕を前に突き出し、輪をつくる月詠。
 顎をほんの少しだけ上げ、目を瞑る。
 そして、爪先立ちになりながら突き出す唇。
 何を連想させるか、もちろん夕映には分かったが、それを今する意味が分からず怪訝な表情を向ける。
 だが、それも一瞬。
「――っ!?」
 再び真剣な表情で自分を見つめる士郎へと視線を戻した瞬間、夕映が爆発した。
「夕映?」
「な、何でもないです。き、気にしなくていいですよ」
「あ、ああ?」
 一度その事に気がついてしまうと忘れる事なんて出来ない訳で。
 顎を少しだけ上げて、背伸びすれば……。
 不意に脳裏を掠めるのは、色気も雰囲気も無かった士郎と仮契約した時の事。
 夕映はそわそわと落ち着きが無くなり、一瞬でも士郎と視線が合うと、びくっと震えながら俯こうとするが士郎に顔を抑えられてしまう。
 そんな事を何度か繰り返した後、士郎は眉を顰めながら口を開いた。
「……夕映、むず痒いかもしれないけどちょっと動かないでくれるか」
「あ、あの、その……か、顔が」
「すぐ済むからさ」
「い、いえ、そうではなくて。ち、近すぎ――」
「はい、動かない」
 ぎゅっと士郎に顔を抑えられてしまい、夕映は喉元まで出かかった言葉を結局口に出すことが出来なかった。
 夕映が頬を染めながら恨みがましい目を元凶たる月詠へと向けるが、ものすごく楽しそうに笑っていた。
 ここから抜け出たら覚えておくです、と念じながら夕映は懐にある手慣らし鉄扇の重みを確認してクツクツと低く笑う。
「…………?」
 若干悦に入りながら笑っていると、夕映は不意に視線を感じた。
 つつつと視線だけ移動させて、向けられた視線の元を辿った先は士郎の背後、月詠の反対側。そこには無表情で自分を見つめる茶々丸が立っていた。
 最初、夕映は茶々丸がただ様子を窺っているだけかと思ったが、視線がなんだかひんやりと冷たい事に気がついた。
 ただ淡々と、無表情に、そしてなんだか目が据わってきている茶々丸。
「夕映、ちょっと目を瞑ってくれるか?」
「は、はいです」
「……もういいぞ」
 士郎に言われて目を閉じて、数秒も経たずまた開くとそこにはもう茶々丸は居なかった。
 きっと五月か誰かに呼ばれたのだと、きっと、たぶん、だったらいいなぁと思う夕映。
 少しだけ黄昏ていた夕映の頬から、不意に暖かい士郎の手が離れ、眼帯が直された。
「――あ」
「大事が無くで良かったよ」
 一瞬だけ寂しそうな表情を不意に浮かべた夕映。その表情に気づいた訳でもなかったのに、士郎は夕映の頭を無意識にぽんぽんと撫でて立ち上がる。
「……ありがとうございましたです」
 夕映はやっと解放されたと士郎から一歩引き、まだ赤く染まる頬を隠すように俯いて何度も深呼吸を繰り返す。
 士郎は自分は何もしていないと首を左右に振り、月詠へと向き直る。
「寸止めできなかった月詠が悪い。それだけの技量はあるだろう?」
「いえいえ~。夕映はんの~絶妙な一撃で、こうちょっと力の加減を~」
 絶妙、その月詠の言葉に士郎は唸る。
 だがそんな士郎が口を開くより、夕映の瞳に暗いモノが灯った。
「そうです、月詠さんです」
 ゆらりと、夕映はゆっくりとした動作で月詠へと向き直る、口で弧を描きクツクツと笑いながら。
 いつの間にか夕映と月詠との距離が心なし開いている。無論ずっと動かないでいた夕映が動くはずも無く……。
「……覚悟は出来ているですよ、ね?」
 夕映は唸るような低い声で懐に手を入れ、一歩月詠へと踏み出す。
「いややわぁ~夕映はん、本気にしなくても~」
 じりじりと後退しながらものらりくらりとした何時もと変わらない月詠、無論そんな様子も夕映の頭にくる訳で。
 夕映が懐から取り出したのは柄の部分に紐が通されている金属の短い角柱――手慣らし鉄扇。
 そしてゆらりとまた一歩。
「……最後に言い残す事は有るですか?」
「役得でしたやろ~」
「――ッ!」
 コロスとばかりに夕映は手慣らし鉄扇を振り上げて突貫した。
 一瞬の間を置いて夕映は月詠の眼前に出現、手慣らし鉄扇を振り下ろす。
「お~」
 月詠はその夕映の一撃を難なく躱すものの、感嘆の声を漏らした。
 夕映の踏み込みは魔力強化されたただの踏み込みではなかった。
 偶発的に発動したとは言え、確かに瞬動術と言われるもの。
 魔力制御、供給の座学の時に瞬動術の概念は教わったとはいえ、初の実践で成功。
 当の本人たる夕映は怒りに我を忘れて気づいていないが、これは賞賛されてしかるべきもの。
「避けるな、です!」
 大きく間を開けた月詠に喰らいつくべく、夕映二度目の瞬動。
「これで、決めるです――――」
 月詠にぶつかる様に、逃がさないと決意を秘めた瞬動。
 夕映は再び月詠の目の前に出現、そして――。
「あっ」
 それは誰の呟きだったのか。
 夕映は止まることが出来ずに、しゃがんだ月詠を乗り越えて額から派手に転倒してしまった。
「あ痛たたたたです」
 夕映はぶつけた額を抑えながら標的はと顔を上げると、その対象たる月詠がしゃがみながらにこにこと自分を見ていた。
 自分と月詠の技量差は日々の鍛錬で嫌というほど分かっているけど、引けない時もあるですと、未だ夕映の瞳は死んでなかった。
 ただ、誤算が一つ。
 起き上がった視線の先、月詠の後ろにはゴゴゴゴゴと文字を背負った五月がいた。
「あ……」
 アレだけ派手にしていたらそりゃいくらなんでも気づかれる訳で。
 寧ろ最初に言い争いをして五月に注意された麻帆大と工科大の格闘技団体に、すげー少女だと感心されていたり、いなかったり。
「……四葉、さん?」
「ほえ~?」
「――――」
 再びユーカリの葉を食むコアラのスタンドを現した五月によって、結局二人一緒に怒られてしまった。


 時は少し遡り、チャチャゼロを頭に乗せた士郎とエヴァは戦闘、もといじゃれ合う夕映と月詠を見ていた。
「アレだけ動けるなら、まぁ、大丈夫みたいだな」
「士郎、私が手ずから治療をしたから安心しろ。まぁ一晩寝れば腫れも引くだろうさ」
「そう、だな。ともかく大事が無くてよかった」
「修行に怪我は付き物だろう。貴様が心配しすぎなんだ」
「分かってはいるんだげどさ、どうしてもな」
 肩を竦めて苦笑いする士郎を見てエヴァはふっと笑う。
「今の夕映は下積みの時だ。そんなんだと実戦になった時心配しすぎで胃に穴でも開くんじゃないか?」
「…………うっ」
 言葉を詰まらせた士郎にエヴァは声を出して笑い、肩で風を切って超包子の屋台へと向き直った。
「士郎、私は腹が減ったぞ、さっさと席へと案内しろ」
「ああ、分かったよ。とりあえずカウンター席でいいよな? エヴァ達の話も聞きたいし」
 エヴァは士郎の言葉に鷹揚に頷き、五月に怒られる二人を置いて士郎が取り仕切る二号屋台へと向けて歩き出した。
 注文が入っていなかったのかぼんやりとしていた超だったが、屋台へと向けて歩いてくるエヴァを見て軽く驚いた表情を浮かべた。
「おや、エヴァンジェリン、珍しいネ」
「ふん、偶にはいいだろう?」
「ふふ、お客様なら文句は無いヨ」
 超の軽口を軽く流して、エヴァはカウンター席へと腰掛けるとメニューへと視線を向け、士郎は頭の上に陣取っていたチャチャゼロをエヴァの隣に置いて、屋台の調理場へと戻った。
「超、一人で大丈夫だったか?」
「無問題ネ、皆五月の勇姿に釘付けだったヨ」
 それは良かったと士郎は安堵して、カウンター越しにメニューを眺めているエヴァへと向き直った。
「それでエヴァ、注文は?」
「うむ、とりあえず食前酒でも持って来い」
「いやいやお酒はまずいだろ」
「あ? 何を言ってる貴様」
「家でならまだしも、外でその容姿じゃなぁ」
「……貴様、私に喧嘩売っているのだな?」
 エヴァンジェリンの米神に青筋が。
「まぁまぁ、士郎先生そこらへんに――」
「だったら大人になればいいんだろ!」
 超の仲裁の言葉もそっちのけで、少しやけっぱちに成りながらも、エヴァは士郎の魔力を使って魔法で大人の姿へと遂げる。
「ほら、これでどうだ! さっさと酒を持って来い!」
 テーブルを両手で叩き催促するエヴァ。
「いや、わかったからそうテーブルをバンバン叩くな……」
 士郎は見た目は大人の女性なのに、変に幼児化するエヴァにため息を吐きつつ、屋台の奥にある冷蔵庫に入れてあるハウスワインを取りに向かった。
「……まったく、問題起こして出入り禁止になったらどうするですか?」
「はいはい、堪忍どすえ~」
「…………反省という言葉を知ってるです?」
「えへへ」
 士郎と入れ替わるように五月に怒られていた夕映と月詠が開放されたのか、とぼとぼと歩いて屋台にやって来た。
「貴様ら遅いぞ!」
「おろ?」
「……師匠の機嫌が最悪です」
「ケケケ、家政夫ニガキノ姿ッテ、酒止メラレタンダゼ」
 チャチャゼロの暴露に夕映はなるほどと納得するが、傍で聞いていた、寧ろ聞かせるように言っていたチャチャゼロの言葉に案の定エヴァがキレた。
 神速で伸びたエヴァの手がチャチャゼロの頭を掴んで持ち上げる。
「……フフフ、チャチャゼロ、貴様はどうやら酒が飲みたくないようだな」
「御主人ノ鬼ー、悪魔ー、冷血幼女―」
 思いっきり棒読みのチャチャゼロ、無論おちょくっていると一発でわかる訳で。
 ギリギリと指がチャチャゼロの頭に食い込み、エヴァはそのまま立ち上がると大きく振りかぶって投げた。
 そして星となるチャチャゼロ。
「ふっ、つまらんものを投げてしまった。――茶々丸、それは回収しなくていいからなー!」
 エヴァの視界を偶々横切った茶々丸にエヴァは命令する。
 茶々丸はコクンと頷き、何事も無かったようにそのまま接客へと戻っていった。
「エヴァ、もう少し静かに待っていられないのか……」
「フンッ、私は悪くないぞ!」
 ワイングラスを二つ持ってきたのに、当のチャチャゼロの姿はない。
 士郎は激昂するエヴァにため息を一つ吐いて、エヴァの前と、チャチャゼロが座っていた場所にワイングラスを置く。
 ふと顔を顔を上げるとカウンターを前にして座らず、ただ立ち尽くしている夕映と月詠が居た。
「あぁ、夕映と月詠も来たのか。……二人とも立ってないで腰掛けたらどうだ?」
「ええ、座るですよ。ちょっと師匠とチャチャゼロさんの寸劇を見ていまして……だいぶ慣れたと思ったですが……」
 どよーんと項垂れるれる夕映に、士郎もその思いがわかるとばかりに揃って肩を落とす。
「あー、まぁ何だ、気にするな」
「……ええ」
 士郎の励ましの言葉を聞き、何とか自分を取り戻した夕映はエヴァの隣、チャチャゼロがいた逆側に腰掛け、月詠も倣って夕映の隣に腰掛けた。
 夕映はとりあえずメニューを手に取ろうとしたが、当たり前のように横に座った月詠へと視線を向けた。
「ごはん~ごはん~」
「…………」
 すぐ手を伸ばせば触れられる距離に居る月詠。
「夕映はん?」
「いえ、なんでもないですよ」
 きょとんと小首を傾げる月詠に対して、夕映はニッコリと笑って正面を向く。
 いつの間にか入れていた懐から手を引き抜いて、手の中で回転させ、そのまま突き出した、目にも留まらずの早業で。
「う゛っ」
「変な声を出して、どうしたですか? 月詠さん?」
「――――」
 脇腹を押さえて蹲る月詠に、夕映は不思議そうに、本当に不思議そうな顔をして手慣らし鉄扇でぽんぽんと自分の肩を軽く叩いた。
「……夕映?」
「何か変なことがありましたですか?」
「あ、いや、何だ、何も無かったぞ?」
「変な士郎さんですね」
 夕映は報復は終わったと気分を入れ替え、再びメニューを手に取って眺め始める。
 ただ、そんな平然としている夕映に士郎は軽く頭が痛くなった。
「おい、何時までぼうっとしている、早く注げ」
「あ、ああ、すまん」
 エヴァに促されて、士郎が濃い赤を注ぐ。
 顔を上げるとエヴァと目が合った。
「どうだ、逞しいだろ」
 どや顔でワイングラスを持ち上げると、軽く回すエヴァ。
 士郎はどんな顔をすればいいのか分からなかったが、ただ一つ言えるのは本当にエヴァに任せてよかったのかと今更ながらな事だった。
「今更だ、なぁ士郎」
「今更、か?」
「ああ、今更さ」
 さっきまで不機嫌だったエヴァの影はもう無く、今は心底楽しそうに不敵に笑う。
 士郎は肩を竦め、エヴァは更にカラカラと笑った。
「ここは私が持つ、士郎、適当に見繕え」
「太っ腹ですえ~」
「ご馳走になりますです、師匠」
「ははっ、いっぱい食え、貴様ら」
 エヴァは空になったグラスを軽く掲げ、士郎は何も言わずにワインを注いだ。
 それから士郎は仕事に戻り、エヴァの注文通り点心を見繕い、時折夕映や月詠の注文にも答えカウンターの上には様々な点心が並んだ。
 エヴァは肴になるものを中心に、夕映と月詠はお腹に溜まるものを中心に。
「夕映はん、うちが責任もって食べさせます~」
 期待に胸を膨らませているのか、きらきらと満面の笑みを浮かべて箸を動かす月詠だったが、夕映はそんな月詠を一瞥するだけで首を左右に振った。
「いえ、このぐらい大丈夫です」
「ほんまに~?」
「ええ、食事ぐらいできるですよ」
 夕映は月詠の提案をきっぱりと断り、そのまま箸で目の前の小龍包を掴む、が、箸からこぼれ蒸籠の中を転がった。
「……む」
 突き刺して口に運ぶことは出来るけど、それだと折角の肉汁が台無しになる。
 二度三度蒸篭の中で転がすのと比例して夕映の目つきが悪くなっていった。
「…………」
 これでこぼれたらもう突き刺してやろうと覚悟を決めて小龍包に箸を伸ばす。
 掴みは成功。
 逃すまいと視線を小龍包に固定し、ゆっくり口元へと運んでいく。
 後は口に入れて、咀嚼するだけと口を大きく開けて待ち構える。
 だが、これまで順調だった所為か、それとも口に入れるために視線を外した所為か、口に入れる直前、小龍包の白く厚い皮が口の端に当たった。
「あ――」
 あれだけ気合を入れたのに、これぞ無常と言わずなんと言えばいいのか。
 箸からこぼれた小龍包、夕映の主観ではゆっくりと、本当にゆっくりと落ちていく、まるで走馬灯のように。
 地面に落着し、もう食べられないモノへと成り果てようとした瞬間、救いの手が――。
「はい、取りましたえ~。夕映はん、観念してあーんするどす~」
「…………まぁ、しかたないですか」
 神速の箸捌きで掴んだ小龍包を月詠はニコニコしながら夕映の口へと運ぶ。
 一瞬、夕映はそんな月詠の行動に怪訝な表情を浮かべるが素直に口を明けた。
 月詠の眼鏡の奥が不気味に光ったのも気づかずに……。
 違和感を感じたのは小龍包を咀嚼して飲み込もうとした瞬間、夕映の口が完全に閉じきる前に、すぐさま次の小龍包が投入された。
「むぐっ!」
「はいは~い、ぐっとぐっといきはりますえ~」
 何を――と抗議しようと夕映の視界に入ったのは、左手に箸を持ち次ぎの小龍包を構えている月詠。
 箸の二刀流という月詠の無駄なスペックに夕映は戦慄した。
 逐次投入される小龍包。幾らがんばれば一口で食べられる大きさとはいえ、熱い肉汁が口の中で溢れ、夕映がはふはふ言いながら月詠から逃げようとするが、月詠は合いも変わらずニコニコ笑いながら更に無理やり詰め込んでいく。
「――! ――!」
 顔を真っ赤にして肉汁に溺れて溺死しそうな夕映は、さっきの仕返しかと声にならない声で抗議するが月詠は尚一層ニコニコと笑うだけだった。
 士郎は夕映と月詠の攻防――傍から見ればじゃれ合っている二人のやり取りに苦笑いして、そっと夕映のグラスにお冷を注ぎエヴァへと向き直った。
「最近夕映を見てやれてなかったけど、どんなものだ?」
「ふむ、曲がりなりにも形にはなってきたな。これから次の段階へ進む、といったところか」
「そう、か」
「何、心配か?」
「…………」
 沈黙して眉をひそめる士郎にエヴァは低く笑う。
「そう難しそうな顔をするな士郎。子供を守るのが大人の特権なら、巣立つ子供を見送るのもまた大人の特権だろ?」
「……まぁ、そうなんだけどさ」
「過保護というのは貴様らしいが、今からそんなことでは持たんぞ? 夕映の場合、例えるなら寝たきりの赤ん坊がようやく這って移動できるようになった、ぐらいだぞ? これから勝手に何処か行くのか、頭をぶつけて泣き出すのか、精々心配でもしていろ」
「……俺は子供を持つ親か?」
「その通りだろ」
 何馬鹿なこと言っているんだと、然も当然と言い切ったエヴァに士郎は頭を抱え、そんな士郎を見てエヴァはカラカラと笑った。
 そんなほのぼのとした空気が二人の間に流れたが、すぐ近くから酷く鈍い音が響いた事によって霧散した。
「うむ?」
「……あ」
 二人がどうしたとばかりに振り向いた先には、手慣らし鉄扇を片手に口をもぐもぐさせいる夕映と、頭を両手で押さえて蹲る月詠。
 何があったか一目で分かる惨状に士郎はため息を一つ吐く。
 取り合えず士郎は口の中の小龍包を食べ切って、荒く息を吐いている夕映へと声を掛けた。
「えっと、夕映、大丈夫か?」
「……ええ、大丈夫、大丈夫ですよ、私は」
「……あ、ああ、それは良かった」
 全然大丈夫じゃなさそうな夕映に気圧されて、士郎は曖昧に頷くしかなかった。
 そしてそんな夕映から逃げる様に視線を隣に移すと、頭を片手で抑えて、メガネ~メガネ~と探しだした月詠。
 確か月詠はど近眼だったなと思い出した士郎は、月詠に手伝いはいるかと声を掛けようと口を開く。
「月――」
「――士郎さん、何かありましたですか?」
 だが、にっこりと物凄い笑顔で笑う夕映によって遮られた。
「あ、いや、月詠が……」
「何も、変な事は、無いですよ?」
「…………」
「無いのです」
 妙な夕映の威圧感に士郎はこれ以上何も言うことは出来なかった。
 月詠の自業自得とは言え、手伝えない事に心の中で泣き、夕映の怒りが収まったら後で拾ってやるからなと心の中で呟いてとぼとぼと元の位置へと戻っていく士郎であった。
「……弱いな、貴様」
「いや、エヴァからも何か――」
「私を巻き込もうとするなっ!」
「師匠ならなんとかならないか?」
「ならん、貴様の方こそ夕映の契約主だろ」
 顔を寄せ合いぼそぼそと押し付け合いを始めるが、夕映が首を伸ばして来たことで慌てて口を閉じた。
「師匠、士郎さん、何の話をしているですか?」
 夕映に声を掛けられた二人は揃ってびくっと震える。
 それを遠目に見ていた超に笑われていたが、二人は気にする事無く弁解染みた事を口走った。
「ああ、いや、貴様がどれだけ成長したかを士郎と話していたのだ。なぁ士郎?」
「ああ、うん、そういうことだ」
「そうですか?」
「あ、夕映、この肉まんなら箸使わなくても大丈夫だから」
 士郎は超包子の定番ともいえる、手で持って食べられる巨大肉まんを素早く夕映の前に出した。
 目の前に出された肉まんを見つつ小首を傾げながらも、夕映はもそもそと両手で巨大肉まんを食べ始める。
 そして二人はこっそりと安堵のため息を吐いたものの、再び夕映が視線を上げた事に二人してびくついてしまった。
「ど、どうした?」
「……? 成長といえば士郎さん、私はもうシップ臭い日々とは別れを告げましたですよ!」
「ああ、そういえばそうだな」
 士郎は何時もの夕映に戻った事に息を吐きながらも、夕映のシップという言葉にそういえばと思い返す。
 図書館探検部に所属しているとはいえ、それほど激しい運動をしない夕映の修行は筋肉痛との戦いでもあった。
 その連日の筋肉痛を和らげる為に大量のシップが張られていた訳で、そのシップの匂いでクラスメイトに突っ込まれる一幕もあったりなかったり。
 しかしながら、筋肉痛のサイクルから抜け出したという事は体が出来てきた証拠でもある。
「魔法に関していうなら、初級のものならあらかた使えるようにはなった。だが、攻撃魔法は精々“魔法の射手”、ここぞという武器には威力が低すぎる。“魔法の射手”を数撃つにも限度があるからな」
「それは無論分かっているですよ」
 脇で聞いていた殊勝な夕映の言葉に、エヴァはうむと厳かに頷く。
「しかし、士郎、夕映は面白いぞ?」
「面白い?」
「ああ。貴様らの“魔術”、魔術回路起動のイメージが余程嵌ったのか、今の時点でもう無詠唱魔法を使うことが出来る、これが笑わずにいられるか。決め手が欠ける現状としては、運用で対処するしか出来ないのでな。これはかなり嬉しい誤算だぞ?」
 予想していたとはいえ、とエヴァは面白そうに笑う。
 一方話を聞いていた士郎の方といえば、この世界における無詠唱魔法の価値が分からない所為か軽く首を捻る反応しか返せなかったが。
「魔法使いとは究極的に言えば固定砲台、というのが私の持論だ。さっきも触れたが、まだ夕映には切り札といえる魔法が無い。欲を言うなら私の“闇の吹雪”か、坊やの“雷の暴風”クラスの魔法が一つは欲しいのだがな」
 無いものはしょうがないと軽く肩を竦めてエヴァは話を続ける。
「現状において単純に決め手、切り札という話に落とすなら貴様が渡した吸血剣が正しくそれだ」
「吸血剣?」
 いきなり出てきた名前に士郎は小首を傾げた。
 士郎が渡した短剣で吸血に連想させるものはあったが、そんな名前ではなかったと。
 だが、疑問を持った士郎にエヴァは笑いながらすぐさま答える。
「ああ、特に名前が無かったようなのでな、勝手に付けた。血吸いの短剣、吸血鬼の弟子が持つにはふさわしい名前だろ?」
 確かにと、士郎は軽く頷いた。
 魔力や生命力を吸い出す短剣、それが決まりさえするなら格上の相手でも打倒することは出来るだろう。
「話を戻すが、“魔法の射手”でケリがつけば問題はない。だが、それが出来なければ吸血剣を使わざるを得ない。そうなると必然的に近接戦に踏み込む事になってくる」
「基本的には、中距離戦か?」
「そうだな、大火力の魔法を使えん現状では寧ろ距離を置く方が役に立たん。不意打ち無詠唱での“武装解除”を念頭に置くとしてだ。前衛が相手ならある程度距離を置きつつ”魔法の射手”、懐に入られたのなら干将莫耶で相手の攻撃を防ぎながら詠唱無詠唱の“魔法の射手”で突き崩し、貴様が渡したあの吸血剣で一刺し。後衛が相手なら無詠唱魔法でイニシアチブを取りそのまま押しつぶす、もしくは現状の体術レベルでも純粋な後衛なら懐に飛び込めば勝ちは拾えるだろう」
 そう締めくくったエヴァは士郎から視線を外すと、ゆっくりと首を動かし夕映の方へと振り向く。
 そして、ニヤリと笑った。
「――だが、今口にした事は全て机上の空論だ」
「――――っ」
 驚愕する夕映に向かってエヴァは口を開いた。
「貴様の干将莫耶を使っての守りは一応それなりだが、その状況で具体的にどうやって”魔法の射手”で相手を突き崩す? どうやって吸血剣で相手を斬りつける?」
 言いよどむ夕映にエヴァは更に畳み掛けるように言葉を続ける。
「お上品な相手だったなら今の貴様でも対処は、まぁ出来るだろう。だが貴様が欲するのはそういうものじゃないだろ? 戦いなんて物は泥臭く、厭らしく、虚を突かれればあっという間に瓦解する。貴様の干将莫耶で防げない相手ならどうする? 後衛相手にイニシアチブを取れなければどうする? 攻撃範囲外から大火力で一掃されたらどうする? 相手が複数ならどうする?」
 エヴァの質問の連続に夕映には答える術はなかった。
 悔しさに拳を握り締め、歯を喰いしばる。
 だが、それでも真っ直ぐと自分を見つめる夕映にエヴァは楽しそうに笑い、夕映に向き直って足を組む。
「綾瀬夕映、今の貴様に圧倒的に足りてないのは経験だ。士郎を主に持つ貴様ならその重要性は言うまでも無いな?」
 殊更優しく、ゆっくりと紡がれたエヴァの言葉に夕映は顔を上げて、無言で力強く頷いた。
 積み重ねてきたからこそ、今の士郎があるのだから。
「……それでこそ私の弟子だ。今までは個々の技術優先で来たが、明日からは実戦に主眼を置いて貴様を鍛える。私がさっき述べた事を机上の空論で終わらせるな。無論、貴様には覚える事は山積みだからな、他の事にも手は抜かんぞ。ついて来れるな、とは聞かん、ついて来い我が弟子よ」
「はい! よろしくお願いしますです、師匠!」
 気持ちのいい返事をする夕映に、エヴァは楽しそうに笑ってワインで喉を潤す。
 一口、二口とワインを口に運ぶエヴァだったが、ふと思い出したように小首を傾げながら夕映に向けて口を開いた。
「それにしても夕映、貴様何時の間に瞬動術を使えるようになったのだ?」
「瞬動術、ですか?」
 軽く酔ってきているのか、それともさっきの夕映の返事か気に入ったのか、とろんと瞳を潤わせ覗きこむように夕映を見る。
「足に魔力、もしくは気を集中させ瞬間移動に移動する技の事だ。距離を置くにも、懐に入るにも覚えて置いて損は無い、移動系の術は攻防の要だからな必ず物にしろ」
「……攻防の要、ですか?」
「うむ、そうだ。早いうちに箒で空を飛べるようにさせたのもその一環だな」
「箒…………」
 そのエヴァの一言で夕映の箒で空を飛ぶ為にした練習風景がフラッシュバックした。
 それは別荘の塔からエヴァに叩き落されて、地面スレスレで茶々丸に助け出されるという悪夢。無論死に物狂いで習得したのは言うまでもなかった。
「夕映、貴様は良くやれている、だからこのまま精進しろよ?」
「はいです」
「というか士郎、貴様早く浮遊術を覚えろ。そんなんだとそのうち夕映に追い越されても知らんぞ」
「いや、まぁ、おいおいとな」
 士郎に発破をかける為に、エヴァにダシにされた事に夕映は小さく笑う。
 エヴァはそのまま修行の話は終わりだと、箸をとってはむはむと食べ始める。そして細かい注文を士郎に出し、それにきちんと付き合う士郎。
 夕映には寧ろくだを巻いているようにしか見えなかったが、なんだか二人らしくて気付かれないようにまた笑った。
 夕映は自分の手へと視線を落とす。
 少しだけ厚くなった手の皮、薄っすらと出来ている剣ダコ、それは自分は少しずつでも前へ進めていると分かる証拠。
 夕映はエヴァの言ってくれた言葉を反芻して、じっくりと噛み締める。
 自分はまだ弱い、それは覆しようの無い事実。
 それでも思う。
 エヴァ、士郎、そして月詠に諦めずについて行けば必ず強くなれると。
 ふと今上げた三人目の月詠は何をしているだろうと横を見ると、月詠がいなかった。
「?」
 座っていたはずではと思いながらも夕映は後ろを振り向くと、件の月詠は半泣きに成りながら未だに手探りでメガネを探していた。
「まったく、何してるですか……」
 夕映はそんな苦言を呟きながらため息を吐くと、席を立って周囲を見回す。
 夜の帳が落ちたこの場所では、超包子の店の明かりだけが頼りだったが、少し離れた所に転がっている月詠のメガネを見つけた。
 夕映はそのまま月詠の脇を通ってメガネを拾うと、未だに地面に這っている月詠の前に立つ。
「……ほぇ?」
 光が遮られたことで顔を上げた月詠。
「月詠さん、いたずらはほどほどにするですよ?」
 夕映はそう言ってしゃがむと、手ずから月詠にメガネを掛けてあげ、瞳の端に浮かぶ涙を拭く。
「……まったく、こんなに汚れて」
 そのまま月詠の手を取って立ち上がらせると、膝についている汚れを軽く払い落とす。
 それでもなかなか落ちなかった汚れに眉を顰めると、ポケットからハンカチを取り出して両膝、手の平の汚れを拭う。
「はい、これで大丈夫です」
「夕映はん?」
「何してるですか、早く食べないと全部師匠に食べられるですよ?」
 ぽかんとしている月詠に夕映は軽くおどけて見せた。
 それでもぼうっと突っ立っている月詠の手を取るべく夕映は手を伸ばしたが、上手く遠近感が掴めずにバランスを崩してそのまま月詠の胸に倒れた。
「おっとっと、すみませんです月詠さん」
「いえいえ~」
 身長差も合って月詠の胸にすっぽりと収まっている夕映。
 月詠に何時までも寄りかかっている必要も無いので体を離そうとする。
「?」
 だが、何時の間にか両手で抱きしめられ、そのままガッチリとホールドされてて動くことが出来なかった。
「どうしはりました~?」
「……離してくれるとありがたいのですが」
 月詠の腕の中で夕映はもぞもぞと動くが逃れられる気配が無い。
 幾ら鍛えてきてるといっても、根っからの剣士であるの月詠とは地力がまったく違う訳で。
「はいは~い、夕映はんはうちが運びますから~」
「…………」
 目と鼻の先、歩いて数歩、問答する前に届くような場所なのにと夕映は口に出そうとしたが、言葉を重ねてもきっと認められないだろうなと思い直して夕映は軽くため息を吐いて口を開いた。
「好きにするですよ」
「はいです~」
 その言葉を待っていましたとばかりに月詠は素早く腕を解いて夕映をお姫様抱っこする。
「ほぇ?」
「……いえ、なんでもないです」
 満面の笑みを浮かべる月詠に夕映は軽くめまいを覚えた。
 きっと何を言っても無駄なのだろうなと諦めの境地に達した夕映だったが、妙に生温い視線を感じてそちらへと顔を向ける。
 手の中でグラスを転がし意味深にニヤニヤと笑いながら夕映を見るエヴァと、軽く額に手を添えている士郎、厨房の奥にいる超までも面白いものを見つけたとばかりに夕映を見ている。
 夕映は月詠に抱きかかえられながらも、取り合えず手近な士郎とエヴァに向かって口を開いた。
「……どうしたですか、お二人とも」
「いや別に、なぁ士郎?」
「仲が良い事は良いことだと思うぞ、うん」
「……?」
 二人のはぐらかしたような言葉に、夕映は何がなんだか分からないと小首を傾げる。
 自分を抱きかかえている月詠を見上げてみれば、こちらは心底嬉しそうに笑うばかり。
 もう少し具体的に詳しい話を、と問いかけるべく口を開こうとした夕映だったが、それよりも早く背後から声を投げかけられた。
「ケケケ、ラブコメナラ他デヤリヤガレッテンダ」
「なっ!?」
 夕映が驚愕の表情で首を捻って声が聞こえてきた方を向いてみれば、エヴァに放り投げられ、茶々丸にも見捨てられたはずのチャチャゼロがそこには居た。
 そしてチャチャゼロの発言によってどうして自分が周りから生暖かい目で見られていたのか漸く理解できた訳で。
「チャ、チャチャゼロさん! それはどういうことですか!」
「ドウモウコウモアルカ、見レバ一発ジャネーカ」
 月詠の腕の中で夕映はバタバタと暴れてみるが、チャチャゼロはそんな夕映を気にした様子を見せずに一言告げ、夕映をお姫様抱っこした月詠の脇を通り、元々座っていたエヴァの隣に腰掛けた、無論士郎に酒の催促も忘れずに。
「月詠さん、今すぐ私を降ろすです!」
「いやどす~」
「だったら早く運ぶですよ!」
「え~」
 夕映の強い言葉にも不満げな声を出して結局動こうとしない月詠。
 助けを求めようと屋台の方へ視線を向けてみれば、師匠であるはずのエヴァはいい酒の肴だと横目で見ながらお酒を飲んでいるし。
 更に視線を上げれば、本命の士郎はチャチャゼロのお酒でも取りに行ったのかそこには居なくて代わりに超が居た、手に皿と箸を持って見物する気満々で。
「……超さん、今は営業中じゃないんですか?」
「もうお客さんもだいぶ引けてきたから大丈夫ヨ」
「そんなことでいいと思っているですか!」
「ハッハッハッ、私が超包子ヨ!」
「……これは駄目です」
 腕を組んで胸を張る超に、夕映は両手を地面につけてうな垂れたかった。
 救いはもうこの場には無いですかと思い始めた頃、ようやく夕映の本命の士郎が酒瓶を片手に戻ってきた。
 無論ここぞとばかりに夕映は口を開く。
 だが――。
「士――」
「士郎はん、うちらのお邪魔はあきまへんよ~」
「邪魔はしないが、ほどほどにしておけよ」
 士郎は夕映に被せて発言した月詠の言葉にただじゃれ合っているだけと捉えたのか、苦笑いを浮かべてそのままチャチャゼロにお酒を注く。
「あ、ああ、あああ……」
 そう、ここには救いなんて無かった。
「……そういうつもりですか、月詠さん」
 夕映の中で何かが切れた。
「ほぇ?」
「月詠さん、いたずらはほどほどにと言ったばかりですよ、ね?」
 夕映は笑う。
 月詠は一瞬で背中に氷を突っ込まれたような感覚を受け、右を見て左を見て腕の中に収まる夕映を見る。
 夕映が反転した瞳で懐に手を伸ばしていた。
 逃げ場なんか無かった。
 だがしかし、そこは月詠。
「夕映お姉様、大好きや~」
「…………」
 恍惚とした表情でそんな言葉をのたまってくれた月詠。
 一方、夕映の表情から完全に感情が消えた。
「えへ」
「――よろしい、ならば鉄槌です」
 本日三度目となる夕映の手慣らし鉄扇が火を噴いたのであった。
 喧騒に包まれ、超包子の夜は更けていく。

テーマ:二次創作 - ジャンル:小説・文学

  1. 2010/11/28(日) 07:42:32|
  2. 正義の味方と悪い魔法使い(Fate×ネギま!)
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:16
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コメント

ずいぶん久しぶりですねぇ、ユエは着実に成長しているようで・・・

誤字報告
>>君には千鶴達の副担任って行った方がいいのかな?
  君には千鶴達の副担任って言った方がいいのかな?
  1. 2010/11/28(日) 08:52:15 |
  2. URL |
  3. #mQop/nM.
  4. [ 編集]

久々の更新、ありがとうございます!
体調にお気をつけてこれからも頑張って下さい!
  1. 2010/11/28(日) 08:55:20 |
  2. URL |
  3. NONE #-
  4. [ 編集]

脱字と誤字報告です。

イニシアチブ『を』取れなければどうする?

 本日三度目となる夕映の手慣らし鉄『扇』が火を噴いたのであった。

夕映と月詠がナイスコンビでした。

  1. 2010/11/28(日) 09:08:13 |
  2. URL |
  3. 温犬 #C8yVuyDQ
  4. [ 編集]

一年以上ぶりだけど、相変わらずのクオリティの高さで安心した。
願わくばもう少し更新頻度を・・・!
  1. 2010/11/28(日) 13:53:09 |
  2. URL |
  3. #-
  4. [ 編集]

更新お疲れ様でした。

夕映の成長著しいですね。てか夕映と月詠のコンビが面白い。何時かタッグで戦闘してるの見てみたいなぁ…
  1. 2010/11/28(日) 15:21:15 |
  2. URL |
  3. #-
  4. [ 編集]

更新お疲れ様ですー。
ここの月詠はほんといいキャラですよね。活き活きしているといいますか。

ただ原作で魔法世界でフェイト側としてネギ一行に立ち塞がった月詠ですが、この作品ではどういう展開になるのかなと大分先になるんでしょうけど今から楽しみだったり。

……まぁ月詠の事だから普通にふらっとフェイト側に組みするかもしれませんがね。そして魔法世界でのごたごたが終われば普通に麻帆良に帰ってくる感じで(苦笑
  1. 2010/11/28(日) 21:09:55 |
  2. URL |
  3. 覆面太郎 #vbu/5PMA
  4. [ 編集]

誤字です
>「……これば駄目です」
これは

夕映と月詠がいいキャラしてる。
覚悟を持って動いているから行動にぶれがなくていいですね。
  1. 2010/11/29(月) 01:18:16 |
  2. URL |
  3. kkk #aIcUnOeo
  4. [ 編集]

更新お疲れ様です。
ユエだいぶん成長してるなぁ。
月詠となんだかんだで中良いしw
だいぶんエヴァと愉快な一味に染まって
黒っぽくもなって。。。
  1. 2010/11/29(月) 01:31:04 |
  2. URL |
  3. 鴉 #-
  4. [ 編集]

久しぶりの更新キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!
まあ、最終更新日から4ヵ月半程度ですが正悪は本当に久しぶり…ッ!
クオリティも変わらずで安心しました^^
原作の方はインフレ起こし捲っててあわせるのに苦労しているでしょうが頑張って下さい!
  1. 2010/11/29(月) 06:43:13 |
  2. URL |
  3. 皇 翠輝 #JalddpaA
  4. [ 編集]

更新きたーーーーーーーーー
  1. 2010/11/29(月) 21:17:32 |
  2. URL |
  3. k #F4mscU5.
  4. [ 編集]

ツッコミ属性の超
月詠とゆえのコンビも面白かった

しかしゆえ、成長したね
いろんな意味で

  1. 2010/11/30(火) 08:18:48 |
  2. URL |
  3. #pt67g6gE
  4. [ 編集]

どうもお久しぶりです。
ここの夕映はこれからの成長が楽しみですね。
  1. 2010/11/30(火) 17:26:17 |
  2. URL |
  3. 翔鶴 #hE4kmW4M
  4. [ 編集]

久々の更新、お疲れ様です!
月詠と夕映のコンビもいいですね!
  1. 2010/11/30(火) 21:40:18 |
  2. URL |
  3. 紅龍 #8iCOsRG2
  4. [ 編集]

久々の正悪更新、楽しみに待っておりました。

夕映が地味ながらも堅実に力を備えてるのが解りますねぇ・・・・・・・原作でもこうだったら・・・(遠い目
今の所一方通行ですがラブ米ってる所も微笑ましくてニヤニヤしてしまいます。

千鶴もなんだかんだで乙女ってるのは大変面白いです・・・・・まぁ、空気な超は哀れですが(苦笑

  1. 2010/12/01(水) 03:09:23 |
  2. URL |
  3. レクト #TLHf/MYc
  4. [ 編集]

久しぶりといってもここに感想書くのは初めてですが、更新お待ちしておりました。

誤字脱字報告 
「……そこを突かれると痛””んだが、まぁ生徒への協力って感じだな」

唖然とする愛衣を他所に、その時の事””思い出した士郎は深く深くため息を吐いた。

「あら、その話は私も始め””聞くわね」

一度その事に気がついてしまうと忘れる事なんて出来”に”訳で。
  1. 2010/12/02(木) 05:32:28 |
  2. URL |
  3. ダイセン #-
  4. [ 編集]

地震は大丈夫でしたか?
更新楽しみにしています

がんばってください^^
  1. 2011/03/13(日) 10:52:20 |
  2. URL |
  3. #-
  4. [ 編集]

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